23:サプライズ
いろいろな事実がわかったあの日から、わたしの周りで変わったことはなにもなく、表面上は平穏な日々を過した。
学園の制服が届いたり、アンディとお茶を飲んだり……これまでと変わらない日常。だけど、アンディは時折なにか考え込み、難しい顔をしていることが増えた気がする。
空を見上げれば青空が広がっているのに、わたしの心はどうにも空模様と同じにはならない。
ヴァーリックが帰ってこないのも、心が晴れない要因の一つかもしれない。
まさかあの白いコウモリが頭にいないことが寂しいと思う日が来るなんて……ただ首が凝るだけだと思っていたのに。
「…………ッカ。レベッカ!」
名前を呼ばれてハッとする。
顔をあげるとアンディが少し不機嫌そうな顔をしていた。
「アンディ……ごめんなさい。なんだったかしら?」
「……僕の話に上の空になるなんて、いい度胸をしているね、君」
にっこりとしたアンディに悪寒が走る。
やばい、ネチネチと嫌味を言われるパターンだ! アンディの嫌味は長ったらしいし、聞いていて本当に疲れるんだよね……。
「申し訳ございません!」
慌てて謝ったわたしにアンディは満足そうにする。
「……冗談だよ。長らくリックと離れているから不安なんでしょう。君たちはいつも一緒だったものね」
「……ええ。リックは大丈夫かしら……」
「あの食い意地の張ったドラゴンのことだから、きっともうすぐ帰ってくるよ。君の誕生日も近いし、そのご馳走をあのドラゴンが逃すはずがない」
アンディの中でヴァーリックがすごく食い意地張った存在になっている。事実なんですけどね。食べ損ねたら盛大に拗ねそうだ。あのドラゴンは長生きしているわりには子どもっぽい。食べ物に関しては特に。
「……そうね。リックがご馳走を食べ損なうわけがないわよね」
「そうだとも。それで、君の誕生日だけれど……」
「なに?」
誕生日になにかあったっけ?
記憶を辿っても特になにかあった覚えはない。
「昼間、少し時間を取ってほしいんだ」
「え? ええ、別に構わないけれど……」
「よかった。じゃあ、忘れずに来てね」
「ええ……」
ニコニコとするアンディに首を傾げる。
なんとなく、嫌な予感がするなあ……誕生日なのに。
アンディと別れて家に帰る途中、護衛でついてきていたノアが声をかけてきた。
「──よかったっスね、お嬢!」
「なにが?」
ニコニコとしているノアに首を傾げる。
よかったって、なにが?
「誕生日にお誘いを受ける……これは絶対サプライズプロポーズっすよ! 皇妃への第一歩っすね!」
「ええ……?」
プロポーズぅ? そんなことあるわけないでしょうが。アンディは皇族。貴族の娘であるわたしよりも婚姻を結ぶのには様々な手続きや承認が必要になってくる。公にならずにその手続きを踏むのは不可能だ。
先ほどまで皇宮の東屋にいて、ノアはわりと近くで控えていたので、わたしたちの会話が聞こえたらしい。
そして護衛をする都合上、ノアにはヴァーリックがドラゴンであることを伝えてある。
「プロポーズとか、あるわけないでしょう? アンディは皇子なんだから、勝手にそんなことできるわけがないし、それに……」
わたしたちの関係性は相も変わらず〝協力者〟だ。それに幼なじみとか、友人というのも加えてもいいのかもしれないけれど、友情以上の感情をお互いに抱いていない。
まあ、皇族や貴族の婚姻にはお互いの感情なんて要らないのだから、だからどうしたっていう話ではあるけれど……。とにかくわたしたちの間に『サプライズでプロポーズ』するような感情がないことは間違いない。
「……とにかくありえないわ。そんなことよりも、ノア、あなたからのプレゼントを期待しているわ」
「エッ。オレ、プレゼント用意しなきゃいけないんすか?」
ギョッとした顔をして驚かれた。
いや、そんなに驚かなくても……。
「……冗談よ」
そう言うとノアはあからさまにホッとした顔をした。
いや、ね。確かに使用人に施しをもらおうなんて考えてはないですけれど、こうあからさまにされると、なんていうか……ちょっとショックだ。
「プレゼントは要らないけれど、しっかりわたしを守るのよ。最近は特に物騒だから」
「ウッス。任せてほしいっス!」
六年経ってもノアの言葉遣いは改善しなかった。
まあ……他所に行くときは口数減らして、最低限の会話しかしないように言ってあるから対面は保たれていると思うけれど。
「さっそくお守りするッス。お嬢、下がって」
「え?」
戸惑いながらもノアの指示に従うと、上空から獣の呻き声のようなものがした。
上を見ると、巨大な鷲のような魔獣がいた。
「あれは……」
「グリフォンっスね。ちょっと倒してくるので待っていてください」
ノアは軽い調子でそう言うと、駆け出す。
そして地面を思い切り蹴飛ばし、人の跳躍力を超える勢いで空中に躍り出た。そして腰に吊るしてあった長剣を抜き、巨大なグリフォンを一刀両断した。
ノアが地面に着地するのと同時くらいにグリフォンも地面に落ち、砂埃が舞う。
うっかり砂埃を吸い込んでしまい、わたしがゲホゲホしていると、無傷のノアがやってきた。
「お嬢、大丈夫っスか?」
「ゲホッ……だ、大丈夫。少しむせただけ。それよりグリフォンは?」
「深手を負わせたんで、しばらくは動けないはずっス。あとは皇宮に勤める騎士に任せて、オレたちは帰りましょ」
「ええ……そうね」
巨大なグリフォンを倒したあとだというのに、ノアは息ひとつ乱れていない。
こういうのを見ると、この態度のなっていないちゃらんぽらんな奴が腕の立つ優秀な護衛であることを実感する。
なんでこの人、皇宮の騎士をやめたんだろう。
謎は深まるばかりである。




