13:弱さと強さ
花束とカードのお礼の手紙を二人にそれぞれ送り、三日ほど経った。
アンドレアス殿下から呼び出され、わたしは緊張しながら彼の待つ皇宮へ向かう。
「お腹痛くなってきちゃった……」
「お嬢、大丈夫っスか?」
心配そうに声をかけてくれたノアに、ありがとう大丈夫よと答えようとしたけれど、次のノアの台詞でそれを飲み込んだ。
「食べ過ぎるとお腹痛くなりますよね。オレも昔はよく……イテッ!」
無言でノアの脛を蹴り、うずくまるノアを残して先に進む。
ノアの「待ってくださいよ~、お嬢~」という気の抜けた声を無視する。
普通、緊張でお腹痛くなったと思うでしょうが! なによ、食べ過ぎって! レディに対して失礼だわ! そもそも、言われるほど食い意地張っていないし!
しかし、ノアのおかげで緊張は解れた。
もしや、狙って言ったのでは……と追いついたノアをチラリと見たが、ヘラヘラした様子を見て、狙ってはないな、と結論つける。ノアはそんな気の利く人間じゃない。
アンドレアス殿下が待っているという部屋に入る。
ノアは隣の部屋で控えてもらうことになっている。たぶん、アンドレアス殿下の性格の悪さを見せないためだろう。
アンドレアス殿下はいつもと変わらない様子だった。どうやらすっかり本調子のようだ。それにホッとする。
「今日はわざわざ来てもらって悪いね」
「いえ……殿下、この間はわたしの不用意な発言であのようなことになってしまい、大変申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げるわたしに殿下はゆっくりと近づき、わたしの肩に手を置く。
「君が気にする必要はないさ」
「殿下……」
わたしに気を遣ってくれているのだろう。
アンドレアス殿下の優しさ、寛大さに感激していると、殿下はそれはそれは綺麗な笑みを浮かべて言った。
「──予定通りだったからね」
「…………はい?」
予定通り? どういうこと?
まさか……あれはアンドレアス殿下が仕組んだことだとか……? いや、そんな、まさか……。
まあ、座ろうよ、とアンドレアス殿下は言って、紳士らしくわたしを椅子までエスコートしてくれる。
わたしが座ると、自身も向かいの席に座り、優雅に足を組む。
「オスカーはもともと精神的に弱いんだ。そのせいで膨大な魔力を制御できず、魔法が苦手。それを克服するために騎士の真似事をし出したけれど、それでもオスカーの膨大な魔力を制御できるほどにはならなかった。なぜなら──周りが気を遣っていたからね」
魔力暴走をさせないために。
あのときの惨状を思い出せば、誰もがそう思うだろう。アンドレアス殿下がフェニックスを召喚していなければ、尋常ではない被害が出ていただろうことは、容易に想像できる。
「オスカーは魔法よりも剣術や武術の方が向いているんだろうね。習えば習っただけ成長でき、それを本人も実感できた。その感動を知ってもらいたくて、僕や君にトレーニングをさせた。全部、兄なりの好意からのものだ。まあ……僕たちからしてみれば、ありがた迷惑だけど」
そう言って小さく笑ったアンドレアス殿下からは、 ほんの少しだけオスカー殿下に対する愛情みたいなものが感じられた。なんだかんだ言って、アンドレアス殿下はオスカー殿下を慕っているんだな。幼い頃のアンドレアス殿下お兄ちゃん子だったってオスカー殿下も言っていたもんね。
「僕も一年くらい前に聞いた話だけれど……オスカーは特別扱いされることにトラウマがあるらしい」
「トラウマですか……?」
「うん……前の王妃──つまり、オスカーの母君が亡くなったあと、オスカーは唯一の直系皇族ということで、すごく期待をされたらしい。『あなたは特別なのです』そう言われ、大人たちの思うようにできないオスカーに『これくらいできて当然なのに』とため息をつかれていた。それがお人好しのオスカーには堪えたらしく……魔法の訓練中に初めて、魔力暴走を起こした」
痛ましそうに言うアンドレアス殿下から、その魔力暴走で被害が出た、もしくはオスカー殿下のトラウマになるような出来事が起きたのだと推察できた。
「そのとき、オスカーの乳母と乳兄弟が亡くなったんだ。オスカーの魔力暴走を止めようとして……」
「それでオスカー殿下は魔法が苦手……いいえ、魔法を使うのを恐れるようになったのですね」
「ああ……気持ちはわからなくもない。僕だってそうだった。特別だから我慢をして当然だと、大人は皆言う。特別だと煽てられ続けたのに、蓋を開けてみればこんなこともできないのかと言われたら、精神的に不安定になっても仕方ない。ましてや、人が好すぎて自分を責める傾向にあるオスカーなら尚更ね」
「──だが、仕方ないではすまされないのが私たちだ」
突然割り込んできた別の声に、わたしはびっくりする。アンドレアスも驚いたように目を見開き、現れた人物を見ている。
「兄上……」
「二人とも、先日は私が至らないばかりに危険な目に遭わせて大変申し訳なかった」
そう言って深々と頭を下げたオスカー殿下に慌ててしまう。
「そ、そんな! わたしの方こそ、大変失礼なことを申してしまいました。本当に申し訳ございませんでた」
「レベッカが謝ることじゃないさ。すべては私が弱かったから引き起こされたこと……魔力制御をしようと努力しなかった私が悪いんだ」
オスカー殿下はそう言ったあと、アンドレアス殿下を見つめた。
「アンドレアスが止めてくれなかったら、甚大な被害が出ていた。おまえがいてくれて本当に助かった。アンドレアスは私の恩人だ」
「僕は弟として当然のことをしただけです」
そう言ったアンドレアス殿下にオスカー殿下は笑いかけたあと──跪いた。
「──今回の件で、私は皇位継承権を破棄したいと父上に願い出た。私よりもアンドレアスの方が皇帝に相応しい。それにアンドレアスは私の恩人でもある。このオスカー、これからは全身全霊を持ってあなたに仕える」
「兄上……いいのですか?」
そう問いかけたアンドレアス殿下に、オスカー殿下は顔をあげて笑った。
「……元々私は皇帝になりたいと思っていなかった。それよりも私はおまえの支えになりたいんだ」
「……そうですか。兄上がご自身で決断されたことならば構いません。僕は立派な皇帝になってみせます」
「ああ。陰ながら私も全力でおまえを支えよう」
オスカー殿下はそう力強く言い、わたしを見た。
「レベッカ、アンドレアスをよろしく頼む」
「え……? それはもちろん、できる限りわたしもアンドレアス殿下のお力になれるように努力をいたしますが……オスカー殿下は……?」
「私はしばらく皇宮を離れようと思う」
「えっ」
驚いてアンドレアス殿下を見ると、彼もまた同じ顔をしていた。どうやら初耳だったらしい。
「どういうことですか、兄上」
「今回の件で魔力制御をできるようにならなければと痛感した。そのために、人に被害が出ない辺境に行き、修行をすることに決めた。それに……アンドレアスのフェニックスが綺麗でなあ。散々逃げてきたけれど、私も自分の守護獣がほしくなったんだ」
十三歳のオスカー殿下は未だに召喚の儀式を行っていない。それは彼の魔力制御がまったくできていないからと、オスカー殿下自身が嫌がったためだ。
「かっこいい守護獣を連れて、今度はおまえたちに頼られるくらい強くなって戻ってくる。そして、今度は私がアンドレアスを守ってみせる」
オスカー殿下はそう宣言し、こっそり部屋を抜け出してきたので戻ると、こそこそと帰っていった。
「……強い人ですね、オスカー殿下は」
「そうだな……」
そう言って俯いたアンドレアス殿下。
感動して涙を堪えているのかな。ならば気づかない振りをしてあげよう──そう思ったとき。
「──ふ、ふははは! 想像以上の成果だ!」
アンドレアス殿下は声をあげて笑った。




