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12:二つの花束


 あのあとすぐにオスカー殿下は運ばれ、医師の診察を受けた。

 医師によれば激しく体力と魔力を消耗しているが、命に別状はないとのことだった。


 だけど、魔力をほとんど使い切ってしまったために、しばらくは眠ったままであるだろう。魔力を回復させるために一番効果的なのは睡眠らしいから。


 アンドレアス殿下もフェニックスを召喚した代償なのか、少し疲れているようだった。

 あまり負担をかけるのもよくないだろうと、わたしは皇宮をあとにした。詳しい話はまた後日、とアンドレアス殿下に言われた。


 わたしは自分の部屋に戻り、一日考えた。

 今回のことはゲームの設定に関係あるできごとだったのだろうか。ゲームの内容自体、曖昧にしか思い出せないので、考えたところで仕方ないのかもしれないけれど。


 記憶は薄れていくものだ。

 今はまだ思い出したばかりだから前世の記憶ははっきり思い出せるけれど、きっとそれもいずれ薄れていって曖昧にしか思い出せなくなる。そうなる前に、うろ覚えでもゲームの知識だけは書き記しておいた方がいいだろう。


 現に、アンドレアス殿下がフェニックスを召喚するまで、彼の守護獣がフェニックスであることを忘れていたくらいなのだから。


 この世界では、十歳の誕生日を迎えたとき、自分を守護する獣を召喚する。庶民も同じようにしているのかは知らないけれど、王侯貴族の子どもはみんな召喚の儀式を行なって守護獣を得る。


 守護獣は召喚者が死ぬまで尽くす代わりに、常に召喚者から魔力を供給してもらう。召喚の儀式が行えるのは一度きりで、二度目はない。だから、守護獣は一生のパートナーとなり、その守護獣の強さによっても人生が左右されてしまう。


 前世のアニメやゲームであった某モンスターみたいな感じ。守護獣が強くて珍しい種であればあるほど、みんなから羨望の眼差しを得るのだ。アンドレアス殿下のフェニックスはURの守護獣である。


 守護獣は召喚者の気質・魔力の質の両方のもっとも相性のいい聖獣が選ばれるという。

 アンドレアス殿下の魔法属性は火だから、その火の魔力と相性の良いフェニックスが召喚されたわけだ。あとはそうだな……気位の高さがフェニックスに気に入られたのかも。


 攻略対象者たちの守護獣や魔法属性はメモした方がいいな。絶対に役に立つ。

 そういえば……セツコの守護獣はゲームに出てこなかったなあ。なにを召喚したのだろう。まあ、わたしも近々召喚の儀式を行うのだから、そのときにわかるか。


 ゲームの内容や登場人物のこと、そしてこれから起こるできごとを日本語で書き記し、机の引き出しの奥にしまいこむ。


 こうしてゲームの内容をまとめてみて思ったのは、このできごとはやはりゲームの設定内のことなのではないだろうか、ということ。

 セツコがアンドレアス殿下の妃の筆頭候補であったことはゲームでは言われていなかったし、別の人物が有力だという情報が流れていたくらいだからまったく同じ設定というわけではないのだろうけれど……。


 あ、待って。これからわたしがポカをやらかし、筆頭候補から外される可能性もあった。

 やっぱりまったく同じなのかな? わからない!

 ゲームの内容なんてどうでもいいけれど、わたしが皇妃になれないのは困る。


 ただ……一つわかるのは、これでアンドレアス殿下とオスカー殿下の仲が決定的に決裂するということ。

 わたしは二人を仲良くさせたかったのに、結果としては仲違いをさせることになってしまった……。

 余計なことをしてしまったんだ。これからはゲームの内容も気にしながら、もっと慎重に動かないと。


「お嬢様、よろしいでしょうか?」


 ノックのあとにばあやの声がして、ハッとする。

 先程まで青空が広がっていたのに、もう辺りが暗くなっている。


「どうしたの、ばあや」

「夕餉の準備が整いましたので、お呼びに参りました」

「まあ、もうそんな時間? 今行くわ」


 ドアを開けると、ばあやが優しい笑みを浮かべていた。


「行きましょ、ばあや」

「はい。皆様お待ちですよ」

「それは大変。急がないと」


 気持ち早く歩いて食堂のドアを開けると、パァン! となにかが弾く音がして驚く。

 周りを見れば、我が家の使用人一同が集結していて、みんなニコニコとしてわたしを見ている。


 ……これはいったい……?


「お誕生日おめでとう、レベッカ」


 お父様とお母様が声を揃えてそう言うと、使用人たちもみんな「お誕生日おめでとうございます、お嬢様」と拍手をしてくれる。


 そうか……今日がわたしの十歳の誕生日だった。

 いろいろありすぎて忘れていた。


「お父様、お母様、皆さん……ありがとうございます」


 少し照れくさく感じながらお礼を言うと、お父様とお母様が近づいてきた。


「レベッカ、アンドレアス殿下とオスカー殿下からおまえ宛てにお祝いのカードを預かっている。それから……」

「──花束も届いたっス。こっちの赤いバラがアンドレアス殿下からで、ピンクのチューリップはオスカー殿下からっス」

「お二人から……?」


 あんな大変なことがあったのに。

 そしてそれを引き起こすトリガーとなったのはわたしなのに、二人ともわたしのお祝いをしてくれるなんて……。


 お父様からカードを受け取って見る。


『お誕生日おめでとう、レベッカ。これからもよろしく頼む ──アンドレアス』


『お誕生日おめでとう、我が妹よ。これからも私たちは兄弟だ ──オスカー』


 二人らしいメッセージに、ちょっとだけ笑ってしまう。

 あんなことを言ったわたしを、オスカー殿下はまだ妹と思ってくれているのだろうか。だとしたら、嬉しい。


「皇子殿下お二人からお祝いいただけるとは! さすが我が娘だ。あとできちんとお礼を言うんだぞ」

「ふふ、そうですね。わたくしたちも誇らしいですね」


 ご機嫌なお父様とお母様はいつになく仲がいい。

 わたしは二つの花束を両手で抱えながら、今日のことは忘れないようにしよう、と思った。


 赤いバラとピンクのチューリップは一本だけプリザーブドフラワーにしよう。そして部屋に飾ろう。


 次に二人にあったときは謝罪と、心からのお礼をちゃんと言おう。



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