11:皇家の象徴
──なんでこんなこともできないんだ! このクズが!
そうヒステリックに叫ぶ声が蘇る。
ああ、いやだ。なんで生まれ変わってまでこんなこと思い出しているんだろう。こういうときに前世の記憶があるのは面倒だ。
そして、それに振り回されてしまうわたしも。
「……他人ができることができないのはおかしいことですか?」
「え? いや、そういう意味では……」
「そういう意味にわたしは捉えました。人には得意不得意がありますし、男性と女性ではいろいろと違います。特に身体面では、女性よりも男性の方が優れています。男性と同じようにトレーニングをこなせと言われても、いきなり同じようにはできません」
「それは……確かにそうだな……」
オスカー殿下はわたしの勢いに物怖じしたように少し体を後ろに反らす。
挙動不審にキョロキョロと周りを見るオスカー殿下はいつもの爽やかさが欠片もない。
そんな動作でさえも苛立つ。
平静になれと宥めるわたしが確かにいるのに、わたしの口は止まらない。
「それに、オスカー殿下は周りの方をよく見ておられないのでは? オスカー殿下は人よりもお強いです。オスカー殿下と同年代であなたと同じレベルの練習についていける人はいないでしょう。特に剣術ではオスカー殿下は大人顔負けの実力をお持ちと伺っております。自分もできるのだから他人もできるだろうと、自分と同じようにやれと言うのは傲慢だと思います」
オスカー殿下の顔が曇っていく。
もう止めなくてはと思うのに、口は止まらない。
濁った目で淡々とトレーニングをしていたアンドレアスがわたしたちの異様な様子に気づいたらしく、目の輝きを取り戻した。
「レベッカさん、そのくらいに──」
止めに入ったアンドレアス殿下を押しのけて、わたしは言った。
「誰もがあなたと同じようにできると思わないでください。あなたは人と違う──特別なのですから!」
「──レベッカ!」
アンドレアス殿下に名を呼ばれて振り返ると、彼は酷く焦った顔をしていた。
どうしたのだろうとオスカー殿下を見ると、オスカー殿下の表情が抜け落ちていた。
「オスカー殿下……?」
「私は……特別……? だから、私は……」
ブツブツとなにかを呟くオスカー殿下。
彼に近づこうとすると、アンドレアス殿下に手首を掴まれた。
「兄上に近づくな」
「でも、オスカー殿下の様子が……」
「わかっている。だけど……もうどうしようもない」
「どうしようもない……?」
首を傾げると同情に熱波のようなものを感じた。
な、なに? なにが起きているの?
「……魔力暴走だ」
「魔力暴走?」
「兄上は魔力量が多いけれど、それを扱えない。だから魔法を使うのを嫌い、剣術にのめり込んだ。兄上は精神的に弱く、ちょっとしたことで魔力暴走を起こしてしまう……だから、どんなに兄上が無茶を言おうとも、魔力暴走されるよりはましだと皆従っていた」
だから、アンドレアス殿下もオスカー殿下の無茶なトレーニングに付き合っていたのか。前に聞いた幼い頃の兄弟の話も、魔力暴走を恐れて誰も止められなかったんだ。
「ワタシはトクベツダカラ、だレもアソンデクれナイ……ワタシハトクベツトクベツトクベツ……」
「オスカー殿下……!」
どんどん熱波が強くなる。
──違う。これは熱波ではなく、オスカー殿下から溢れ出る膨大な魔力が風のように感じるだけ。
わたしがオスカー殿下を追い詰めるようなことを言ったからこんなことに……!
オスカー殿下の魔力属性は水。そしてその上位属性にあたる氷魔法をゲームの彼は得意としていた。
そしてそれは魔力暴走でも現れていた。
オスカー殿下を中心にしてどんどんと凍っていく。氷柱も現れ、彼を守るように囲む。
「君は下がっていろ」
アンドレアス殿下はそう言って一歩前に出る。
「アンドレアス殿下、危険です! ここは大人に任せて……」
「そうもいかない。あんなでも、オスカーは僕の兄だ。兄の尻拭いを弟がするのは当然のことさ」
「そうは言っても……!」
オスカー殿下の魔力はどんどん強くなっている。
わたしのつま先も少しずつ凍りだしているくらいなのだ。
魔力暴走に出くわしたことがないからわからないけれど、この状況が尋常ではないものだということはわかる。それを子どものアンドレアス殿下にどうかできるとは思えない。
「心配は無用だ。僕は皇家の血を濃く受け継いでいるし、そして僕の魔法属性は──火だ」
ニヤリと笑ったアンドレアスの瞳が赤く輝いていた。
魔法を行使するとき、瞳が魔法属性の色に輝く人がいるという。そういう人は、精霊に愛されているゆえに、上位魔法が使いやすい。
魔法学の授業で習ったことが頭に過ぎる。
そして、乙女ゲームの内容を思い出した。
──ああ、そういえばこの人は。
「──いでよ、聖なる炎が化身。我が聖獣フェニックス!」
アンドレアスが声高々にそう叫ぶと、突然大きな炎が彼の前に現れた。そしてその中から黄金色の羽根を持つ、美しい鳥が現れた。
『我を呼んだか、主よ』
その鳥はそうアンドレアス殿下に話しかけた。
この鳥の種族はフェニックス。皇家の象徴ともなっている聖獣である。炎の化身であり、死しても何度でも蘇る不死の鳥。存在は確認されているものの、実際にお目にかかれた者は数少ない、伝説の鳥だ。
──そうだった。乙女ゲームの中で、アンドレアスは十歳でフェニックスの召喚に成功しているとセツコが言っていた。
皇家の象徴たるフェニックスを召喚できたことによって皇帝は次の皇位にアンドレアスを継がせてもいいと思い始めた。
アンドレアス殿下の燃えるような赤毛にフェニックスの黄金の羽根が映えて美しい。
「フェニックス、兄上を止めるのに力を貸してくれ」
『承知』
フェニックスが羽ばたく。
上空を飛ぶフェニックスの羽根から温かな光が降る。それに触れるととても温かく、冷えてかじかんでいた手足に熱が戻る。
これがフェニックスの力なのか。
フェニックスにより、凍っていた周囲は溶けて元の姿に戻り、オスカー殿下を囲んでいた氷柱も少しずつ溶けていく。
アンドレアス殿下はオスカー殿下の方へとゆっくり向かって歩いてく。
彼の元に辿り着く頃には氷柱は跡形もなくなっていた。
「兄上」
「あん、ドれあス……わた、しハ……」
「──大丈夫だよ、兄上。もうあなたを一人にしない。兄上が魔力を暴走させても対処できるように僕、頑張ったんだ」
「アア……」
「だから、もう大丈夫」
優しくそう笑ったアンドレアス殿下を見て、オスカー殿下の目から一筋の涙が零れた。
そして嬉しそうに笑ったあと、オスカー殿下は気を失ってしまった。
そんな美しい兄弟のやり取りを眺めながら、わたしは考えていた。
──これはゲームに元々あった設定なのだろうか、と。




