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100:神様の愛子の話


 特になにもすることがないので、わたしは本を読むことにした。

 内容は……そうだな。前世でいう、聖書みたいな感じの話が多い。

 世界の始まりだとか、神様が人に試練を与えたり、神様同士が争って地上が大変なことになったり……そんな話。

 その中に、太陽神に愛された人の話があった。


 その人は小さな頃、太陽神に偶然出会い、寵愛を受けた。

 それゆえに、その人には特別な力が与えられた。それは『幸運』。決して病にかからず、飢えることもなく、ただ生きているだけで様々な恩恵を受けることができる、そんな力。


 そんな幸運を与えられた人に対し、周囲の人たちは最初は敬った。太陽神の愛子だと言って崇めた。

 しかし、それは次第に恐れに変わり、やがて畏怖になった。人間は「自分とは違う」ということを嫌う生き物だ。だから、太陽神の愛子に対しても同様の感情を抱いた。ある人は怖れを抱き、ある人は妬んだ。最初は太陽神の怒りに触れるのではと恐れていた人たちも、ただ愛子は幸運であるだけだと気づくと愛子を蔑むようになった。

 人間じゃない、化け物、怪物。そんな言葉を投げつけ、愛子はそれに深く傷ついた。


 だけど、愛子には幸運の力があった。だから、死のうとしても死にきれなかった。天寿すら、愛子には与えられていなかった。

 どこに逃げても、時間が経つにつれて人々は愛子を攻撃する。それに怯えて逃げ回る日々に疲れた愛子は太陽神に願った。

 ──どうかわたしを殺してください、と。

 生きていることに耐えらないのだと訴えた愛子に対し、太陽神は───「おまえはなにを言っている?」と首を傾げた。

 太陽神は自ら愛した人の子のことを、力を与えた子のことを覚えていなかった。


 愛子はそのことに絶望し、やがて太陽神を憎むようになった。


 ……というような内容の話があったんだけど……これ、わたしの知っている神話にはない話だな……。もしかして、これは神話じゃなくて、悪魔教の成り立ちを神話風にしたものなのかな。

 太陽神の愛子ねえ……要約すると神様に寵愛されてポイされた哀れな人間のお話か。まあまあ、本当に神様なんてものがいるのなら、あり得そうな話ではある。

 神様と人では価値観だって絶対違うし、生きている時間すら違う。気まぐれて寵を与え、そのことを忘れてしまう。人間にだって同じようなことはあるだろう。


 それにこの話は人間の残酷さ、残忍さも書かれている。

 ここの部分は、とてもよくわかる。きっとこの愛子は太陽神だけではなくて人間だって恨んだはずだ。

 人というのは裏切る生き物で、己の利のためにどこまでも冷酷にされる生き物でもある。そんな人間の在り方を目の当たりにして、神様だけ恨むなんてことはきっとあり得ない。わたしなら、この世界全てを恨むだろう。


 前世のわたしがそうであったように。


 ……嫌なことを思い出しちゃったな……。

 そんなことはさておき、この神話が悪魔教の成り立ちに関わっているのかもしれない。

 内容を頭に叩き込まなくちゃ。この部屋には紙もペンもないから、覚えるしかない。


 何度も読み返してこの話を頭に叩き込んでいると、アンディから連絡がきた。


『……待たせてごめん。確認が取れた』

「確認? なんの?」


 そういえば確認したいことができたって言って連絡を切ったんだっけ。

 それがなんなのかを聞き忘れていたんだ。


『リックが行方不明になっている。そして……僕が君だと思い込んでいたのは、人形だった』

「リックが行方不明……? それに、人形……?」


 ごめん、まったく話の内容が理解できない。

 ヴァーリックが行方不明なのはわたしを探しに来てくれているか、またはヴァーリックもわたしと同じように捕まっているのかのどちらかだろう。

 だけど、アンディがわたしだと思い込んでいたのが人形ってどういうこと……?


『【人形】っていうのは、悪魔教の構成員の一部のことを指すらしい。別人に擬態するのを得意とする……そんな能力を持っている人が一定多数いるんだとか。魔法じゃないから誰も気づかなかった……君に擬態していた人形は君の家のメイドだったようだね。もうすでに行方をくらませている……君を攫ったのもそのメイドだろう』

「うちのメイドが……」


 身内の犯行か……これは厳しいな……。

 身辺検査はしっかりして雇っているはずだけれど、それも巧妙に細工をされていたのかもしれない。いつからうちに潜入していたんだろうか。怖いなあ……。


『そのメイドを雇ったのはつい最近のことだと聞いている。メイドの行方も追っているし、リックのことも探しているけれど……レベッカ、自分がどこにいるかわかる?』

「いいえ、まったく。わたしのいる部屋からは外の様子も見れないし、どうやって移動したのかすらわからないから……」

『やっぱりそうか……なにか手がかりは?』

「ここは悪魔教の所有する建物だと思うわ。教祖様がどうのって食事を運んでくれた子が言っていたし……あ、でももうその子からそれ以上の情報は引き出せないと思う。あとは……部屋の中に変な神話があったくらいかしら」

『神話?』


 アンディに先程の愛子の話を聞かせると、興味深そうに『へえ』と言う。


『その話は初めて聞いたな……これがなにかヒントになるかもしれない。ありがとう、調べてみる』

「ええ、お願いね」


 これがなにかの手がかりになるといいなあ。

 とりあえず飢え死にする可能性はなさそうだし、アンディたちの助けをのんびり待とう。

 そんなことを考えていると、


『……必ず助けに行くから、待っていて』


 と、アンディが言う。それも、真剣な声音で。

 

 そう言ってくれるだけで、心強い。

 アンディが助けに来てくれるって信じていたけれど、さらに信じられる。

 だからわたしは、「ありがとう。待っている」と、心から答えたのだった。


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