返金リクエスト可能期間が終わるまでは油断できない(2)
鶏のからあげをたくさん作った。
昨日、おじさん本人から大好物がそれだと聞いていたので。
「んん……! これは絶品!」
あたし自慢のからあげを心から美味しそうに食べてくれる本城さんに、思わずあたしも笑顔になる。
「サラダもしっかり食べてくださいよっ」
「ん〜……。野菜はどうも苦手でねぇ。……でも、あいねちゃんの作ったサラダなら食べられそうだ」
「そうですよっ。愛情たっぷり入ってるんですから」
「ははは! 愛情ってカラダにいいんだなぁ〜」
紙の使い捨ての食器を持って来るのを忘れた。
でもなんだかどうでもよくなって、あたしは本城さんのお皿からからあげを食べ、ご飯茶碗を借りてご飯を食べた。
食事が済むと、本城さんがウイスキーを出してきた。
「マッカランだ!」
「おっ? 好きだね?」
ほんとうは規約で落札商品は落札者の愛を受け取ってはいけない。おじさんのお酒をいただくのはおじさんの愛を受け取ることになってしまう。
でも構わずあたしはいただいた。本人に愛を受け取る意思さえあれば構わないのだ。高級スコッチウイスキーの魔力に負けたともいえるが……。
もうビールですっかり酔いの回っていたあたしは聞いた。
「本城さん、結婚はしてないの?」
聞いてしまってから突っ込んだ質問しちゃったなと思ったけど、おじさんはハイボールをくいっと飲むと、苦笑のようなものを浮かべて答えた。
「離婚したんですよ。もう13年前になるかな」
「ふーん……。どうして別れちゃったの? 不倫?」
酔っ払うとどうにもあたしは失礼になる。
すると本城さんは寂しそうな目を遠くに向けて、呟くように、言った。
「愛がどこにもなくなっちまったんですよねぇ……」
なんか触れちゃいけないものに触れてしまった。
掘っちゃいけないところを掘ってしまった。そんな気がして、あたしは黙ってしまった。
あたしはただ「愛してる」って言うだけの、無関係なよそもので、この場所にいちゃいけない気がした。
それにしても酔いすぎた……。
今、もし襲われたら、抵抗する力が出ないかも……
そう思っていると、おじさんがいきなり勢いよく立ち上がったので、あたしのお尻は座布団の上から飛び上がりそうになった。
「タクシー呼びますよ?」
そう言って、本城さんはハンガーにかけた上着から自分のスマートフォンを取り出した。
「もう夜も遅い。明日、お仕事でしょう? 差し障っちゃいけない」
タクシーがアパートの下までやって来た。
あたしは玄関まで行って振り返り、ぺこりと頭を下げると足がよろけた。
本城さんが支えてくれた。これは規約違反にはあたらない。支えてくれなければあたしはコケてたのだから。
「あ。明日は土曜日ですね!」
おじさんが言った。
「お仕事、もしかするとお休みですか?」
「……そうだった」
あたしも言われて気がついた。
「お休みでした」
「じゃ、朝からドライブでも行きませんか? そうだな……。10時ぐらいに来てくださいよ。構いませんか?」
あたしはコクコクとうなずくと、本城さんに支えられて階段を下りた。
タクシーに乗って、気がついた。
はっとして自分のスマホを取り出し、アイオクアプリを開いた。
「しまった……」
規定回数にぜんぜん届いてなかった、「愛してる」と口にしたのが。




