返金リクエスト可能期間が終わるまでは油断できない
「やぁ、いらっしゃい」
そう言いながら玄関のドアを開けた本城さんの顔が、昨日ほどには汚く見えなかった。
あたしはにっこり笑顔で言った。
「今晩は。愛してます」
「それ……べつにいいよ?」
「えっ?」
おじさんの言葉の意味がわからず、素っ頓狂な声を出してしまった。
「その『愛してる』っての。……なんか無理して言わせちゃってる感じがするから、さ。もっと自然にしてくれていいよ」
あっ………と思った。
これはあたしに規約違反をさせようとしているな? そう思い、警戒した。
あたしはスマホにインストールした『アイオク!』のアプリで「愛してます」の回数をカウントされている。待機状態にしてあってもあたしがその言葉を口にした回数がカウントされる。
おじさんはあたしに規約違反をさせようとしている──そう思ったんだけど……
考えたらあたしを規約違反するよう仕向けて、おじさんが得することって何?
あたしを返品して、お金を全額取り戻そうとしているの? あたしに何か不満が……? やっぱり、年齢? 27歳って詐称してたから?
わかった。
おじさんはこの二日間あたしに愛されて、いい思いをして、その上でお金を取り戻す気なのだ。
無料であたしに奉仕をさせて、自分だけいい気分になって、しれっと『アイオク!』に通報し、返品するつもりなのだ。
そしてあたしはせっかく開設したアカウントを消されてしまう。
されてたまるか!
「いえ……。愛してます」
あたしは部屋に入り、座布団に腰を下ろすと、ちょっと必死な笑顔を浮かべ、連続で言った。
「愛してます、愛してます」
「あっ! ……知らないの?」
おじさんが慌てて言う。
「連続で言っちゃだめなんだよ? それを落札者に通報されたらペナルティー喰らっちゃうよ?」
「そ……、そんなルールが?」
知らなかった。
何しろ始めたばっかりで、規約も斜め読みしただけだった。
あたしが後悔に顔を青くしていると、安心させるようにおじさんが言う。
「おっ? その袋の中、ビールが入ってるねぇ? あいねちゃん、イケる口?」
「えっ? ああ……」
あたしはスーパーで買い物をして来ていた。
ビニール袋の中に入ってる食材と六本一綴りの缶ビールが透けて見えている。
これは経費としておじさんに請求はできない。自腹を切って買ってきたものだった。
「昨日、冷蔵庫を開けた時、缶ビールが一本しか入ってないのを見ちゃって……」
「いやぁー、気が利くねぇ!」
おじさんが満面の笑みを見せた。
「一緒に飲もうよ。帰りはタクシーなんでしょう?」




