表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

情が移る前に……

「どう? 初めての発送、うまくいった?」


 休憩室で紙パックのコーヒー牛乳を吸いながら聞いてきた一咲かずさ先輩に、あたしは上機嫌で答えた。


「うん。とっても喜んでくれてたみたい」


「50のオッサンなんでしょ? なんかエロいことされなかった?」


「大丈夫だよ。そんなことされたら通報して、契約取消にしてもらえるもん。それにとってもいいひとなんですよ。あたし、親孝行してるみたいっていうか、大型犬のお世話してるみたいっていうか……」


 そう答えて、にっこり笑顔であたしもコーヒー牛乳のストローをくわえた。

 そんなあたしの顔をまじまじと見つめながら、一咲先輩が聞いてきた。


「でも紗絵ちゃんはそれでいいの?」


「えっ?」


「恋がしたくて始めたんでしょ? そのオッサンで『恋したい欲求』、満たせる?」


「うん……」

 あたしのストローを吸う力が弱々しくなった。

「正直言うと、そんな対象としては見れないな……」


「じゃ、四日目になったら決行するのね?」


 一咲先輩は『アイオク!』の経験者だ。彼女のアドバイスに真面目にあたしは耳を傾けた。


『アイオク!』のルールとして、最初の三日間まで、落札者は商品を返品し、返金リクエストをすることができる。

 それには明確な理由が必要で、「商品が規定回数『愛してる』を言わなかったから」等なら受け付けられるけど、「なんか嫌だから」みたいな曖昧な理由だったら通らない。

 だから落札された商品は、最初の三日間は返金リクエストされてしまわないよう、死に物狂いで愛を売る。全力で落札者に優しくし、規定回数以上に「愛してます」と繰り返す。細心の注意を払ってルールに違反しないよう、気をつける。


 でも四日目になったら、本性を現す。


 もう返金リクエストされることはないので、お金は自分のものだ。

 規約違反でアカウントを削除されてしまうので「愛してる」は相変わらず規定回数以上言わなければならないが、それ以外は何をしたっていい、犯罪にならない範囲なら。


 一咲先輩からそのテクニックを色々聞いて教わった。

 非喫煙者の目の前でタバコをふかしてみせるとか、ハナクソをほじるとか、激マズな料理を食わせるだとか──

 そうやって強制的に返品させるのだという。そうしないと半永久的に契約が継続してしまうから。

 落札者に精神的苦痛を味わわせ、ただ「愛してます」と口で言うだけの邪魔な物に変貌し、「もうこんなものいらない」と言わせるのだそうだ。

 

「いい小遣い稼ぎにはなったけど、それで良心痛んじゃって、やめたんだよねー、アイオク」


 あたしも四日目になったら、あのおじさんにそれをやらなければならない。

 そうしないと次の出品ができない。


 できるんだろうか? あたしに?


 思わずごくりと唾を呑み込み、コーヒー牛乳を鼻から吹いてしまった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
難しいですね~。 嫌われる努力、ですか。 下手すると、むしろかえって執着されそうですし。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ