情が移る前に……
「どう? 初めての発送、うまくいった?」
休憩室で紙パックのコーヒー牛乳を吸いながら聞いてきた一咲先輩に、あたしは上機嫌で答えた。
「うん。とっても喜んでくれてたみたい」
「50のオッサンなんでしょ? なんかエロいことされなかった?」
「大丈夫だよ。そんなことされたら通報して、契約取消にしてもらえるもん。それにとってもいいひとなんですよ。あたし、親孝行してるみたいっていうか、大型犬のお世話してるみたいっていうか……」
そう答えて、にっこり笑顔であたしもコーヒー牛乳のストローをくわえた。
そんなあたしの顔をまじまじと見つめながら、一咲先輩が聞いてきた。
「でも紗絵ちゃんはそれでいいの?」
「えっ?」
「恋がしたくて始めたんでしょ? そのオッサンで『恋したい欲求』、満たせる?」
「うん……」
あたしのストローを吸う力が弱々しくなった。
「正直言うと、そんな対象としては見れないな……」
「じゃ、四日目になったら決行するのね?」
一咲先輩は『アイオク!』の経験者だ。彼女のアドバイスに真面目にあたしは耳を傾けた。
『アイオク!』のルールとして、最初の三日間まで、落札者は商品を返品し、返金リクエストをすることができる。
それには明確な理由が必要で、「商品が規定回数『愛してる』を言わなかったから」等なら受け付けられるけど、「なんか嫌だから」みたいな曖昧な理由だったら通らない。
だから落札された商品は、最初の三日間は返金リクエストされてしまわないよう、死に物狂いで愛を売る。全力で落札者に優しくし、規定回数以上に「愛してます」と繰り返す。細心の注意を払ってルールに違反しないよう、気をつける。
でも四日目になったら、本性を現す。
もう返金リクエストされることはないので、お金は自分のものだ。
規約違反でアカウントを削除されてしまうので「愛してる」は相変わらず規定回数以上言わなければならないが、それ以外は何をしたっていい、犯罪にならない範囲なら。
一咲先輩からそのテクニックを色々聞いて教わった。
非喫煙者の目の前でタバコをふかしてみせるとか、ハナクソをほじるとか、激マズな料理を食わせるだとか──
そうやって強制的に返品させるのだという。そうしないと半永久的に契約が継続してしまうから。
落札者に精神的苦痛を味わわせ、ただ「愛してます」と口で言うだけの邪魔な物に変貌し、「もうこんなものいらない」と言わせるのだそうだ。
「いい小遣い稼ぎにはなったけど、それで良心痛んじゃって、やめたんだよねー、アイオク」
あたしも四日目になったら、あのおじさんにそれをやらなければならない。
そうしないと次の出品ができない。
できるんだろうか? あたしに?
思わずごくりと唾を呑み込み、コーヒー牛乳を鼻から吹いてしまった。




