手料理
「あっ。晩ごはんまだだよね? 僕、肉じゃが作ったんだけど、食べる?」
おじさんがいそいそと立ち上がり、キッチンのお鍋のほうに行きかけたので、あたしはまた言った。
「申し訳ありません。それも規約違反となります。落札者さまの手料理をいただくことは、落札者からの愛を私が受け取ることとなってしまい、私は『通報ダイヤル』に連絡せざるを得なくなるんです」
にっこり笑って付け加えた。
「愛してるんですけどね」
「そっか……」
「ですけど……」
あたしは立ち上がった。
「私の手料理をご馳走することには何の問題もありません。……冷蔵庫の中、見てもいいですか?」
確認すると、冷蔵庫の中は結構綺麗にしてあった。タマネギとハム、それと卵を見つけて、あたしは聞いた。
「チャーハンでいいですか?」
「えっ? 作ってくれるの?」
「もちろんです。愛情こめて作らせていただきます」
こう見えて料理は結構得意なのだ。一人暮らしが長いからな。
明日は何か食材を買って持ってこようと思った。愛するひとのために、栄養にも気配りしたものを作ってあげなくちゃ、それがたとえ愛する演技でも。
それであたしの心にも栄養が満ちることだろう。
完成したチャーハンをお皿に盛りつけると、おじさんが感動したような声をだした。
「うまそうだ!」
一人暮らし用のミニテーブルに一皿のチャーハンを置くと、おじさんは不思議そうに聞いてきた。
「あいねちゃんは? 食べないの?」
「私は家で食べてきましたから」
にっこり嘘をついた。
申し訳ないけどおじさんがいつも使ってる食器で食事をする気にはなれなかった。明日は紙の食器を持ってこよう。
「そっか……。一人で食べるの申し訳ないけど……じゃ、いただきまーす。……うまいっ!」
美味しそうにあたしの作ったチャーハンを食べてくれるおじさんの姿を見ていると、自然にあたしの顔はほころび、口から言葉が出た。
「ふふ……。愛してますよ」
おじさんの食事が済むと、あたしは部屋の拭き掃除を始めた。整理整頓はきちんとしてるけど、この部屋に漂う酸化した油みたいな臭いは、部屋じゅうにこびりついた加齢臭だと思ったのだ。
「いいよ、そんなの。なんか家政婦みたいなことやらせてるみたいで、悪いよ」
おじさんはそう言ってくれるけど、愛するひとの部屋を綺麗にしてあげようと思うのは女として当然のことだ。
掃除を終えると、思った通り、部屋に漂う異臭がましになった。明日はお部屋の芳香剤を持ってきてあげよう。
「ありがとう。ほら、寛ぎなよ」
そう言っておじさんが座布団を勧めてくれる。
あたしはその上に正座すると、聞いた。
「耳かき、あります?」
「えっ?」
正座した膝の上におじさんの頭を乗せると、あたしは耳かきをしてあげた。
気持ちよさそうに目を閉じるおじさんがなんだかかわいかった。
こんなことをしてあげても、大丈夫。
おじさんがストーカー化したり、そんな心配はない。
『アイオク!』のシステムがあたしを守っているのだ。
12万円以上も払ってあたしの愛を買ってくれたこのおじさんに、精いっぱいの愛を注いであげなくちゃ。




