【最終話】恋は積み重なる
「おめでとーう」
「結婚、おめでとう!」
祝福の言葉を贈るひとたちに混じって、あたしも花嫁さんに声をかけた。
「一咲先輩、結婚おめでとうございますっ」
白くキラキラ輝くようなウェディング・ドレスに小さなその身を包んだ一咲先輩は、いつもの仕事のデキる女性のオーラは漂わせながらも、幸福そうな笑顔を浮かべて、綺麗だった。
「ありがとう、紗絵ちゃん」
神速ブラインド・タッチのその指が掴まるのは、長身ヒョロガリの新郎の腕。
それにしても突然でびっくりした。一番仲がいい、かわいい年上の後輩であるはずの、このあたしですら、一咲先輩に付き合ってるひとがいるなんて、聞かされてもなかった。
マッチングアプリで知り合ったらしい。
家事の得意な男性を探していたそうだ。仕事はデキる一咲先輩も、料理や掃除はてんでダメ。ゴミ出しすらデキないので困ってたっけ。
苦手な部分を彼と補いあって、これからは仕事に全集中できると言っていた。
──そうか。
結婚したからといって、仕事は辞めなくてもいいんだ。
むしろ生活の不便を助けあうことで、今まで以上に仕事を頑張れるようになるのかも。
「次は紗絵ちゃんの番だね」
そう言われて、思わず苦笑してしまう。
「あたし本当に結婚願望なかったんですけどねー……」
「来年33でしょ? 本厄じゃん!」
「あー……。そういうのは気にしてないですけど、彼があのトシだからなぁ……」
「そうだよ。早くしないと本城さん、おじいちゃんになっちゃうよ?」
はははと笑って返しておいたけど、それは大丈夫だと思ってる。
20も年上だけど、老人介護の未来はあたしには見えない。
あのひとなら80になっても90になっても、きっと一緒に紅葉を見に行こうって誘ってくれる。
あたしが恋しちゃったひとだもん。
= = = =
あたしは隣町のアパートに引っ越した。
そして彼も同じ。
お互いに隣町に引っ越して、それぞれ職場までの距離はちょっと遠くなったけど、二人はいつでも同じ部屋にいられるようになった。
「ただいまぁー」
あたしが玄関のドアを開けると、紺色の作務衣姿の本城さんが、包丁を片手に振り向いた。
「お帰り、紗絵ちゃん。結婚式、どうだった?」
いい匂いが部屋に充満してる。
本城さんが作ってくれてるのは……なんだろう、あまぁーい、さつま芋の匂いだ!
彼の肩に後ろから両手をかけて、お鍋の中を覗き込むと、甘辛そうなお汁の中で、さつま芋がぐつぐつ煮えていた。
「うわ! たまんない!」
「結婚式で豪華なもの食べてくるだろうと思ってね、帰って食べるのはこんなもののほうがいいかと思って」
「さすがあっくん! あたしの気持ちをよくわかってる!」
もう出品者と落札者の関係じゃない。
本城昭仁さんはあたしにとって『あっくん』になった。
やがて『あなた』になったりするのだろうか。
それは彼からのプロポーズ次第。
スリープ状態のパソコン画面を点けてびっくりした。
既にもう懐かしい『アイオク!』のページが表示されたのだ。しかも彼が見ていたのは『恋人カテゴリー』のページ。女性の写真がずらりと並んでいる。
「あっ」
画面を見て固まってるあたしの背中から、彼が焦ったような声を出す。
無言の背中で問い詰めるあたしに、弁解するようでもなく、優しい声で言った。
「ただ懐かしくて見てただけだよ。僕らの出会いのきっかけだったからさ」
隣にやって来て、あたしを抱きしめる。
「嘘……。このひといいなって思う女のひとがいたんでしょ?」
あたしは唇を尖らせて、横顔ですねて見せた。
「紗絵よりいいひとなんていないよ。ただ、愛を求めてるひとがこんなにいるんだなって……思いながら見てたんだ」
「あっくんも、愛を求めてあたしを落札したんだもんね?」
「うん。だから気持ちはわかるんだ」
「どういう気持ちだったの?」
「恥ずかしながら……ただ一人の部屋にいるのが寂しくてね。別れた妻と付き合いはじめた頃の気持ちを思い出したかった」
ようやくあたしは笑みが漏れた。
彼と前の奥さんの間に子どもはいない。円満離婚だったそうだ。
仲はよかったらしく、あたしと付き合いはじめるまではたまに電話のやり取りもしてたみたいだ。二人でやってた仕出し屋の経営破綻とともに喧嘩が多くなって、愛がどこにもなくなったって言ってた。
「都合よく愛が買えるオークション・サイト……『アイオク!』か……」
あたしは写真の並んでる画面をスクロールしながら、呟いた。
「でも愛はお金では買えないんだよねぇ」
あたしはサブスクで観たラヴ・ストーリーに感化されて、恋する気分になりたいだけだった。
そうやって気持ちに張りが出れば、仕事ばっかりの生活に潤いができて、仕事ももっと頑張れる気がしてた。
でも恋はしようと思ってできるものじゃないって知った。
恋は自分ではどうしようもなく、あっちからやってくるものだった。
今では『なんで、こんなおじさんに!?』なんて思うことはないけれど。
彼が言った。
「でも、愛のきっかけにはなる」
あたしの髪を撫でながら、囁く。
「君と知り合うきっかけになって、よかった」
彼に口づけされながら、あたしも思う。
『アイオク!』がなければ、彼と知り合えなかったし、彼と繋がることもできなかっただろう。
「でも、ここで終わるのが一番幸せじゃない?」
あたしは意地悪な顔をして、彼に言った。
「これ以上付き合ったらあたし、豹変しちゃうかもよ?」
「四日目があるならそうなのかもしれない。これが『ごっこ』だったら、その通りだな」
彼が言う。
「でも愛が確かにあって、積み重なるものがあるなら、五日目が過ぎても続いていくって、信じるよ」
あたしは恋を手に入れた。
そして彼の言う通り、この日々が積み重なっていくのなら──
いつか愛に育つって、信じてる。
(おわり)




