継続しますか?
あたしはスマートフォンを取り返すと、警察を呼んだ。
やって来た二人の警察官に、暴力を振るわれたことを伝え、身を守るために本城さんが反撃したことも話した。もちろん変態があたしのストーカーだということも忘れず伝えておいた。
警察官も変態もいなくなると、ようやく二人きりになれた。
秋の虫たちが鳴いていた。
空にはほっこりした笑顔みたいな月が浮かんでいた。
「な……殴られたんですよね? 大丈夫?」
あたしが彼の頬に手を伸ばす。
「大丈夫、大丈夫。咄嗟に顔を動かして、威力を殺しましたから……っていうか、すごいへなちょこパンチでした」
「格闘技でもやってらっしゃったんですか?」
「いえいえ、たまたま力が出ただけです。……あなたを守れて、よかった」
あたしの伸ばした手が、本城さんの頬に、触れた。
ふにっとしてて、柔らかくて、あったかかった。
本城さんはあたしの手は避けず、まともに受けてくれた。
笑顔であたしを見つめながら、本城さんが言った。
「それにしてもすごい偶然ですよね」
「ほんとに……」
あたしは思わずくすっと笑った。
「ロードサービスの車から下りてきたのを見た時、びっくりしました」
「あぁ、そうだ! 仕事でやって来たんだった」
思い出して彼が照れたように笑う。
「急に車が動かなくなったんですか?」
症状を説明すると、本城さんはテスターみたいな機械を取り出し、あたしのフィアットに繋げてチェックを始めた。
あっという間にエンジンがかかった。
魔法みたいだった。
元気なエンジン音を聞きながら、二人で「わあっ」と笑顔を見交わした。
「ニュートラルの位置がずれてただけでした。修理の必要がなくてよかったですね」
「ありがとうございますっ」
「それじゃ、僕はこれで」
ぺこりとお辞儀をして、本城さんが帰っていこうとする。
「あのっ……!」
あたしはしどろもどろになりながら引き止めた。
本城さんが「ん?」というような笑顔で振り向く。
カチコチになりながら、あたしは言った。
「お礼……、させてください。助けてもらった──」
「そんなの、いいですよ。当たり前のことをしただけです。それじゃ……」
背中を向けかけた彼に、あたしは言った。
「あたしっ……! 『アイオク!』やめましたっ!」
自分でも何を言い出したのかわからなかった。
不思議そうに本城さんが振り返る。
「本城さん……言ったじゃないですか。『ここで終わるのが一番幸せだ』って……」
「あぁ……」
思い出して、本城さんがうなずいた。
「僕みたいなオッサンが、あなたみたいなひとに本気で愛されてるなんて、そんなうぬぼれはしてませんでしたからね。四日目に豹変されるのが怖かったから、返品したんです」
「あたし……豹変しませんよ?」
「え?」
「もしもあたしが四日目になっても豹変しないなら……それでも返品……しました?」
「そりゃあ……」
月明かりの下で、本城さんが真っ赤になるのが、はっきりわかった。
「あいねさんのことが……いいなって思ったから……、だから四日目の豹変が見たくなかったんです」
「継続……しますか?」
「えっ?」
「あの紅葉クエストの続き……コンティニューしますか?」
「いいの? 続けても……」
「あたしに……愛させてくれますか?」
嬉しそうに、本城さんが笑って、腕を広げた。
あたしはヒーロースーツみたいな青白のツナギを着たその胸に、飛び込んだ。
「これからは『紗絵』って呼んでください。『あいね』じゃなくて、『大本紗絵』って!」
「うん、わかった」
照れくさそうに、本城さんがあたしの本名を口にした。
「さえちゃん……」
そして離れないよう、ぎゅっと抱きしめてくれた。
あたしはあれほど口にしてた「愛してます」を言おうとしたけど、なぜだか照れくさくて、言うことができなかった。ただ黙って、虫の音が取り囲む中、恋する彼と抱き合っていた。




