恋を探して
あたしは『アイオク!』をやめた。
1週間で17万円以上も稼げて美味しかったけど、深水さんのアレがトラウマになった。
あるいはやっぱり向いてなかったのかもしれない。
確かにたやすく恋する乙女の気分にはなれるけど、やっぱりアレは作り物で、ただの恋愛ごっこだ。
本城さんだって、あたしを見ながら、あたしを見ていなかった。
きっとあの瞳は、別れた奥さんとの、楽しかった新婚の夢を見ていたんだ……。
ごっこだったんだ。
あたしはそのひととの思い出の中には、入れないんだ──
土曜日、あたしは洗濯を終えると、することがなくなった。
「町へ出てみよう」
なんとなくそう呟いて、着替えをはじめた。
「町に出れば、なんか恋とか落ちてるかもしれない」
会社の制服に着替えた。
バッグはたくさんクローゼットの中に持っているけど、服はそれほど持っていないのだ。
制服なら五着も支給されている。
何よりこれが着慣れているし、自分らしい。
車で出かけた。
かわいい愛車、ミントグリーンのフィアット500を有料駐車場に停めると、あてもなく歩き出す。
観光客で賑わう古民家街があたしを迎えた。
江戸時代の建物が立ち並ぶ中、お洒落なカフェやブティックなんかもたくさんある。
ここならきっと、素敵な出会いがありそう──
既にくっついてるカップルばっかりだった。
……まぁ、ここならウィンドウショッピングしてるだけで楽しいし。
「あっ」
かわいい服を見つけた。
LLサイズの紳士服だ。
これを着せたら本城さん、年齢が五つは若く見えそう……。
あとはあの油ぎった髪をサラサラにして、歯もホワイトニングで真っ白にして──
そこにこのスーツを着せたら……ほら、カッコよくなった!
「あぁっ!」
かわいいカフェの入口に、マンゴーかき氷のサンプルが展示してあるのを見つけて、あたしは頭の中で本城さんに言った。
「あれ、台湾名物のスイーツですよ! ちょっと時期的に遅いけど、美味しそうじゃないですか〜? 今日、暑いし……。店内もかわいいっぽいし、ね? 一緒に──」
すれ違うカップルが楽しそうに笑った。
あたしは思い知らされた。
恋を、してる……。
探すまでもなく、恋は、ここにある。
あたし、今、恋をしてるんだ……
あのおじさんに。
気がつけば本城さんのことばかり考えてる。
一咲先輩の言った通りだ。そのひとのことしか考えられなくなってる。
たった三日間ぶん、知ってるだけなのに──
あのひとの笑顔が忘れられない。
今、ここに紙とペンがあったら、たぶんその名前を隙間がないほどに書き連ねてる。
賑やかな古民家街の中、ひとりで歩いてるのが、こんなにも寂しい。
会いたい……
会いたい。
会いたい!
「あれっ?」
うつむいて歩いていたら、前から男のひとの声に呼び止められて、はっとして顔をあげた。
「あいねちゃんじゃないか。この前はどうも」
あたしはガクガクと震える唇で、笑顔を浮かべて目の前に立っているそのひとの名前を呼んだ。
「ふ、深水さん……」
ヒゲの剃りあとが青い、細面の顔が、爽やかな秋空の下、ニチャアと笑った。
「も、もう出て来られたんですか? ムショから──」
「失礼だな。ムショじゃない。留置所だよ」
何かを企んでるみたいに、あたしの制服姿をジロジロ眺めてニヤニヤ笑う。
「ほんの二日で出て来られたんだ」
ネット友達の黒餡さんというひとから聞いたことがあった。
留置所に入れられる期間は2日、10日、20日のどれかで、大抵は2日に10日を足して12日間なのだとか……
なんでこのひとがたった2日で釈放されるの!?




