紅葉に包まれて(2)
吊り橋を渡り切った先には新しい世界が待っていた。
「あ……、猿!」
あたしが指差す先、低い木の枝に何匹も、お猿さんがいたのだった。あたしたちがやって来たのを警戒するように見守っていた。
「そうだ。チョコレートバー持って来たんだった」
あたしがバッグからそれを取り出すと、匂いに釣られてか、そのうちの一匹が、おそるおそる近寄ってくる。
「おいで〜。あげるよ〜」
袋を剥いたチョコバーを差し出すと、ぶん取られた。
その一匹が向こうのほうへ逃げていくと、あとから数匹、あたしたちのほうへ近づいてくる。
「かわいいなぁ」
あたしがまっすぐ目を合わせながら微笑むと、猿たちが一斉に歯を剥いて笑った。
いやこれ、笑ってるんじゃない……。
威嚇してるんだ!
猿が飛び跳ねる。
あたしに襲いかかってこようとする。
その前に、本城さんが立ち塞がった。
猿たちが、勇者の出現にたじろぐモンスターのように、動きを止めた。
「逃げるぞっ」
「あっ」
あたしはお姫様抱っこされていた。
そのまま本城さんはゆっくり駆け出して、猿たちは唖然としたように見送ってくれて、何事もなく、戦闘になることもなく、あたしたちはそこから逃げ出せた。回り込まれることもなかった。
「あ……、ありがとうございます。……びっくりした」
「猿は凶暴だっていうからね。……ふぅ、無事でよかった」
あたしをお姫様抱っこする本城さんの顔が、すぐ真上にあった。耳かきしてあげた時とは位置が逆だ。
「あ……、あのっ……。もう、降ろしてもらっても……」
「あっ! ごめん」
ハイヒールが脱げてなくてよかった。
「つ、疲れたね」
本城さんが言う。
「ここで休憩がてら、お昼ごはんにしようか」
結構山の奥深くまで入っていたようだ。
周りにはほぼ自然のものしかなくて、唯一人間の手で作られたデコボコ道と、一箇所に積み上げられている材木と、何より本城さんの笑顔があたしを安心させる。
「僕、簡単に食べるもの持って来たけど……あいねちゃんは?」
ごはんは何も持って来てなかった。おやつだけだ。
「ごめんなさい……。ドライブだっていうから、てっきりドライブインとかで食べるものと……」
もう一本あったチョコバーを手に持って、そう言った。
「一応、お弁当、二つ作って持って来たんだけど……」
切り株に腰掛けて、リュックサックを膝の上に置き、本城さんが「食べる?」と聞く前に、あたしは手を挙げた。
「食べますっ!」
お腹がペコペコだった。
本城さんの唾とかが間違って入っててもべつに構わないと思った。
何よりこのおじさんがどんなお弁当を作ったのか、すごく興味があった。
「はい」
手渡されたのは、ビニールの手提げ袋に入れられた、かわいいプラスチックの二段の重箱だった。
開けてみて、あたしは思わず嬉しい悲鳴をあげた。
「綺麗!」
たまごやき、鶏の照り焼き、塩鯖、きぬさや、かまぼこ、からあげ──
周囲の紅葉にも勝る色鮮やかなおかずが中に並んでいた。
「前は仕出し屋をやってたんですよ」
本城がお見事なお弁当の秘密を教えてくれた。
「いただきますっ!」
彼のすぐ隣に腰掛けて、まずはからあげを、ぱくっと一口、食べるとすぐに口から悔しさと嬉しさの入り交じった声が出た。
「美味しいっ! 悔しいけどあたしが作ったからあげより美味しいです!」
「いやいや、あいねさんの作ってくれたあのからあげ、本当に美味しかったですよ」
本城さんがニコニコしながら、微塵のお世辞も感じさせずに言う。
「他人が作ってくれた料理は特別美味しく感じるものだしね」
「さっきのお猿さんも、チョコバー美味しく食べてるかな?」
「たぶん、お腹壊してますよ」
「えっ?」
「人間以外の大抵の動物にとって、チョコは毒なんです。だから、たぶん、美味しくは食べただろうけど、あとで苦しんでますよ」
「えー……? 悪いことしたかな……」
あたしがたまごやきをぱくっと口に入れながらそう言うと──
「あいねさんを襲おうとした罰が当たったんですよ」
そう言って、本城さんがウィンクをした。
「いわゆる『ざまぁ』ってやつかな」
あたしと本城さんの笑い声が、秋晴れの空に谺した。




