紅葉に包まれて
そこは穴場だった。
紅葉の季節まっさかり──みんなもっと有名な景勝地に出かけているのか、私たちの他には誰もいなかった。
こんな凄い色彩の中に、あたしたち二人だけだ。
でもなぜだか安心できる。
死体を埋めるには絶好の場所みたいなのに。
本城さんと並んで歩いていると、安心しかなかった。
「本当に山が燃えてるみたい!」
あたしは感動しながら言った。近くの岩の上を流れる小川から顔を上げると、目にも鮮やかな赤に染まった山がそこにあった。
「僕も車から見ただけだったから……これほどとは思わなかったな」
本城さんも感動を顔いっぱいに浮かべて、あたしと同じところを眺める。
着ているものはヨレヨレのポロシャツとジーンズだけど、なんだかそれがかえって『山のプロ』みたいに見えて、頼もしかった。
あたしももっとラフな格好で来ればよかった。
本城さんをメロメロにさせるため、気合いを入れてお洒落して来てしまった。7センチのハイヒールなんて履いて来るんじゃなかった……。
「あっ!」
上を見ながら歩いていたら、石に躓いて前につんのめった。
「おっ……と!」
本城さんの腕が、前から肩を支えてくれた。
そんなに逞しい腕でもないのに、すごくがっしりと──
道はのどかな田舎道から少し険しい山道へと変わりはじめていた。
「大丈夫? その靴じゃ歩きにくいでしょ? こんなところだと知ってたら、トレッキングシューズを履いて来るよう、勧めておいたのにな……」
「大丈夫です」
あたしは両拳に気合いを込めて、物凄い笑顔で言った。
「ハイヒールで登山した人だって、この世にはいるらしいですから」
それに比べればこんなのピクニックだ。
その時はそう思ってた。
山道はどんどん細くなり、くねくねと曲がりくねりはじめた。
足元もデコボコさを増してくる。
「もう、戻ろうか?」と本城さんは言ってくれるが、あたしは戻りたくなくなっていた。
こんな冒険は久しぶりだ。
何が何でも行けるところまで行ってみたい!
ただ、一人だけの力じゃ無理だった。
「……手、繋いでもらっていいですか?」
ヨロヨロ歩きながらあたしがそう言うと、本城さんはクスッと笑って、あたしの手を握ってくれた。
吊り橋があった。
それほど高さはないけど、落ちたらゴツゴツとした岩が剥き出しの河原で死ねる。
「無理でしょ……。戻ろう」と勧告する本城さんを押し切って、あたしは言った。
「渡ろう! 吊り橋の向こうにはきっと、新しい世界が待っています」
ぐらんぐらんと揺れる吊り橋の上を、板がところどころ外れててもおかしくないその上を、右手はワイヤー、左手は本城さんの手を握って、眼下には死の世界みたいな河原、周囲は鮮やかな紅葉の色彩に包まれて、生きてるって感じがした。会社にいる時にはけっして得られなかった感覚だ。
ここよりはずっと狭い部屋の中でパソコンの画面ばっかりみつめてる仕事の世界から抜け出して、あたしはまるで冒険者になった気分だった。




