返品
「ど……、どうしてですか?」
本城さんの『返品する』という意外な言葉に、正直言ってあたしはプライドが傷ついた。
「あたし……、なんか悪いとこ、ありました!?」
我ながらおかしなことを言ってるけど、わかってなかった。
返金リクエストが可能なのは今日いっぱいだ。本城さんがあたしを返品するのは『明日』だという。あたしにとって何も問題はない。
返品してほしがってたくせに、殺されるかもとか思って110番までしようとしてたくせに、いざ解放されるとなると、食い下がってしまった。
すると本城さんは、とても納得できる理由を口にしたのだった。
「だって、あいねさん……、明日になったら豹変するでしょう?」
「うぐ……!」
「利用するのは初めてだけど、噂で知ってるんですよ。『アイオク!』で落札した女性は、四日目になると豹変するって。……返金リクエストできるのは三日目までだから、それを過ぎたら返品させるために何でもするって」
あたしは何も言えなかった。
実際、今日までは必死でメロメロにさせて、明日からどうやって嫌われようかと画策してた。
「そんな貴女を見たくないから、明日は来なくていいです」
車を走らせながら、前を向きながら、幸せなことを思い出すような顔で、本城さんが言う。
「じゅうぶんに癒やしてもらったからね。チャーハン、からあげ、耳かき……。別れた嫁と付き合いはじめた頃の気持ちを思い出させてもらったよ」
「………」
「このままお別れがいい。幸せな気持ちのまま、終わるのが──」
しばらく二人とも無言で、紅葉の色を顔に反射させて、車だけが音を立てて走ってた。
あたしは返品のことに対しては何も返事せずに、気になってたことを聞いた。
「どうして『アイオク!』を利用されたんですか? 12万円も払えば、もっといいことができたんじゃ……?」
「ははは」
本城さんの横顔が、またかわいくなった。
「確かに……。エロいこともしたいなら、風俗のほうがいいよね」
「そ、そうですよ」
「でも風俗で買えるのって、エロだけですよ。欲求は満たされるかもしれないけど、心は寂しいままだ。愛は買えない」
「え……。でも、あたしのこれも……」
あたしが本心を言いかけて慌てて黙ると、本城さんが笑い飛ばすように言ってくれた。
「わかってますよ。『アイオク!』で買えるのも見せかけだけの愛だよね。結局、愛はお金では買えない」
「……うん」
あたしはうなずいた。
「いかがわしいサイトだって思ってますよ、これって……」
そう言いながら、でも本城さんは、ちっともいかがわしさのない、秋晴れに似合うような、爽やかな笑顔で言った。
「でも、お金さえ払えば、都合よく自分を愛してもらえる。たとえそれが『ごっこ』でも……。利用してよかったと思ってますよ」
そしてあたしのほうを一瞬振り向いて、いやらしさのまったくない微笑みを、にっこり見せた。
「この三日間の幸せを胸に、これからも元気に生きて行けると思います。落札したのがあなたみたいなかわいいひとで、本当によかった」
「か……、かわいい……?」
正直、今までの人生で、男の人からそう言われたことは何度かあったけど、なぜだかその言葉がその時は特別に嬉しくて、紅葉の色が一層赤くなった。
「明日で返品するけど……。その代わり、今日のドライブが終わるまでは、どうか付き合ってくださいね」
「はい!」
なんだか心から楽しくなって、あたしは笑顔でそう答えた。
それは今日限りで返品されることに素直に納得できたから──その開放感から楽しくなれたのだと、そう思っていた。




