人気のない紅葉の山へ
あたしはスマホをバッグにしまった。
本城さんは無言で車を走らせた。
窓の外は人家が消え、アスファルトの道路はどんどん山へと向かっていく。
あたしは明日という日が来ないのを想像した。
このひと……もしかして……連続殺人犯だったりして……
これまでも、『アイオク!』を利用して、落札した女のひとを、こんなふうに連れ出して──
落ち葉の下にはもう、何人かの女性の死体が埋まってたりして?
もう『メロメロにさせる』なんて、あたしは考えてる場合じゃなかった。どうしよう、どうしよう……
そうだ! 今すぐ110番に電話して──
そう考えた時、ふいに本城さんが、言った。
「ほらっ。見てごらん?」
そう言われて、前を見た。
鮮やかな色が目の中に広がった。
山が素敵な紅葉に染まっていた。
「わぁ……!」
目の中が麗しかった。
考えたら紅葉なんて、意識して見たの、いつ振りぐらいだろう。
仕事で忙しくて、秋の山へ社員旅行に行ったことは確かあったはずだけど、紅葉に彩られた山なんて、見ただろうのに覚えてない。そんな旅行さえも、遊びのつもりはなく、仕事のつもりで行ってたからだろうか……。
自然の力って、凄い。あたしはたちまち心が落ち着いて、その広大な景色と鮮やかな色彩に見とれた。
「綺麗……」
あたしがうわ言みたいにそう呟くと、本城さんが嬉しそうに言う。
「一緒にこの景色を眺めてくれるひとが欲しかったんですよ。この間、たまたま仕事中に見つけて、ね」
「お仕事、何をなさってるんですか?」
「運転手ですよ。毎日のように外を車で走ってるんで、こんなふうに、誰かにも見せたい景色を見つけることがたまにあるんだな」
そう言って照れたように笑うその横顔が、かわいく見えた。
ロケーション効果というのだろうか、こういうの──
あの部屋で見る本城さんよりも、今の彼は若々しく、少しカッコよくさえ見えた。
「本城さんって……」
なぜかわからないけど、あたしの口からそんな質問が出た。
「『アイオク!』はよく利用されてるんですか?」
「じつはこれが初めてですよ」
また、かわいく照れた顔で、頭を掻いた。
「そしてこれが最後のつもりです」
「……えっ? どうしてですか?」
そう聞きながら、あたしは嫌な予感がした。
最初のオークションで運命のひとに出会えたから、とか言われるのだろうか? あたしを離さないつもりなのだろうか?
あたしが返金リクエストされないために頑張ってるこの献身を、勘違いされてしまっただろうか?
こんなおじさんに恋するわけがない。今日が終わったらもう返金リクエストはされない。早く返品してもらって次の出品に取りかかりたいんだからね!
素敵なひとに落札されて、恋する気分になりたいんだから……っ!
あたしがそう考えていると、しかしおじさんは意外なことを言った。
「明日、あなたを返品します」
「えっ……?」
「今日までは一緒にいてください」
本城さんは寂しそうな笑顔であたしをチラリと見ると、言ったのだった。
「……そして、明日はもう、僕のところへ来なくてもいいですよ。返品します」




