アイオク! とは
「ねぇ、一咲先輩」
ふいにあたしが話しかけると、お蕎麦をそこに入れようと大口を開けていた一つ年下の先輩が、「あん?」とこっちを見た。
「恋……したくないですか?」
会社の近くの昭和の香り漂うお蕎麦屋さん、うちの社員はあたしら二人だけ、他はじーさんばーさんばっかり。そんな場所で口にするにはあまりに似合わないあたしの台詞に、一咲先輩はなんだか呆れたように、ずぞぞとお蕎麦を啜った。それを咀嚼し、飲み込むと、言った。
「どうしたの、紗絵ちゃん。思春期?」
「三十二歳──、恋に恋するお年頃じゃないのはわかってるんですけどねー……」
「あたしは仕事に生きる女だから、そんなの邪魔なだけだけど、もぐもぐ……」
一咲先輩の目が、きゅぴーんと光った。
「気になるひとでもいんの?」
「気になるひとが欲しいんですっ」
あたしはお箸を置くと、お蕎麦のことも忘れて熱弁した。
「あたしも一咲先輩と同じですよ? 仕事に生きる女です。結婚する気もありません。……でも、それでもっ! 胸焦がすような恋愛にも憧れるんですっ! だって、女ですもの! あぁ……どこかに私を待っているひとがいるかもしれないって思うと、そのひととめぐり逢いたい気持ちになるっていうか……。そのひとといられたら、今以上、もっと仕事も頑張れるんじゃないかって気がして──」
「やめときなよー。男なんて女のこと、家政婦か肉人形ぐらいにしか思ってないよー?」
「男は一種類じゃないはずですっ」
あたしは熱弁した。
「きっとどこかにロマンティックな恋を叶えてくれる素敵なひとがいるはずですっ! そんなひとに巡り会えたら、身も心も癒されて……」
「何? SEXしたいってこと?」
「そ、そんなんじゃないです」
一咲先輩が結構な大声で言ったので、あたしは思わず声をひそめ、じーさんばーさんに聞かれたかと周囲を見回した。
「なんていうか……ただ恋がしたいだけなんです。自分の心に潤いが欲しいっていうか──」
「それなら『アイオク!』やってみたら?」
「アイオク?」
そのインターネットサイトの名前は聞いたことがあった。でも詳しい内容までは知らない。
確か『愛を取り引きするオークションサイト』だったはずだ。胡散臭い香りがして興味をもてなかった。
「あれってなんかフーゾクみたいなものじゃないんですか? またはマッチングアプリみたいな……」
「違う違う」
一咲先輩が割り箸を咥えながら教えてくれた。
「愛を求めるひとにとっても、愛を売りたいひとにとっても、なかなか都合のいいサイトなの」




