マルはアーシュの夢を見る6
オーランドからはアーシュのところには好きなだけいたらいいと言われていた。だから、思い切って一ヶ月くらいいさせてほしいと頼んだ。
「ほんとにそんなにいてくれるの? オーランドには悪いけど、嬉しい」
と喜んだアーシュは、本当にかわいいとしか言いようがない。この世にこれ以上かわいいものはない。ぎゅっぎゅっとアーシュに抱き着いている私を見てティナたちは驚いているようだが、いつもこんなものだったと思う。
「ふむふむ、これでオーランド様に提出するマル様日記が……」
などとティナが言っているような気がするが気にしない。アーシュと一緒にご飯を作って、食べて、フライを売って、春のマリスを散歩して、町の人に声をかけてもらってと、毎日楽しく過ごしている。
もちろん、剣の稽古もしている。驚いたことに、いや、当たり前かもしれないが、アーシュもちゃんと剣の訓練を続けていた。当然セロもやっていて、
「マル、どうした、剣が弱くなったぞ」
と言われた時は心の底から悔しかった。セロはお兄ちゃんより強い。それでも船の上でも毎日訓練は欠かさないのだという。
「忘れるなよ、マル。俺たちは大人になって、あちこちでいろいろなことをしているけど、根っこはいつまでも冒険者なんだ。俺たちの剣は魔物を倒すための剣だ。キリクでもちゃんとダンジョンに行け。族長の館で、訓練なんかしてたって強くなるわけないだろ」
正論だ。
「オルドやセームを思い出せよ。強くなりたくてギラギラしていたころのことをさ。マル、お前、いつから最強にでもなったつもりでいるんだ」
アーシュがハラハラしながら私たちを見ているが、正直その通りなので言い返せなかった。
「お前らも、マルに頼るな。自分たちでちゃんと高みを目指せよ」
私の護衛たちも、自分よりはるかに強いセロに言われては聞くしかない。一見、顔のいいだけの宿屋のふらふらした優男の旦那に見えても、おそらくこの大陸でセロより強いものはいないのだから。
「マル」
セロににらまれた。
「なぜばれた」
「もう一揉みするしかないようだな」
「望むところ」
そんな日が一週間ほど続いただろうか。アーシュの言った通り、ダンが戻ってきた。
「よう、マル。ついにアーシュ不足に耐えられなくなったか」
「なんでわかった」
「みんなわかってたよ。よく耐えたほうだと思うぜ」
そう言うとダンは私の肩をぽんぽんと叩いた。ダンのこの距離感が好きだ。
「でな、セロ、アーシュ。やっかいな知らせだ」
「やっかい?」
セロが眉をひそめた。アーシュは首を傾げている。
「今領主の館にフィンダリア中央からの使者が入った」
「それがどうやっかいなんだよ」
「使者は最終的にここに来るんだ。俺は中央ですでに少し話を聞いて来てる」
セロはアーシュと顔を見合わせた。
「もったいぶらずに教えろよ」
「いいか、狭間は既に開通した。主にアーシュとウィルのおかげでな」
「ああ、もう半年になるな」
「狭間とは別に海という道もできた。お前のおかげでな」
「どれにもダンがかかわっているし、マルやサラのしたことだってすごく大きいぞ」
「そうだな。俺はわかってるよ、俺がいなかったらこんなに早く開通しなかっただろうということはな」
ダンは素直にそう言った。謙遜したってしょうがない。
「マルもわかってる。マルはダンジョンをきちんと抑えただけでなく、魔物肉の食べ方を教え、食事で工事の人を支えた。マルがいなかったら、やっぱり狭間の開通は遅れたと思う」
「うん。アーシュもセロも、ウィルもサラも。俺たちはできることをきちんと果たし、しかもそれをきちんとわかってる。謙遜も自慢もしないけどな。けどな、それを理解しないやつらもいるんだ」
「フィンダリアの中央か」
「そうだ」
今まで冷静に話していたダンが、膝の上でぎゅっと手を握りしめた。珍しい。
「奴ら、石鹸工場をマリスから中央に移せと言ってきた」
「どうしてなの。マリスがニーナの花の産地だからここに工場を作ったのに。ここならフーブやノールから獣脂を運ぶこともたやすいし」
アーシュが理解できないという顔をした。
「それに、もう工場は動いていて、そこで働いている人たちだっているのに。移転には費用だってかかる。そんなに簡単にはできないよ」
「今回の狭間の件、中央には何のうまみもなかったってことか」
セロがきつい目をしてそう言った。ダンは静かに頷いた。
「俺の件だけじゃない。やつら、アーシュにもおそらく中央に移動しろって言いに来たんだ」
「え。どうして? 私が中央に行く理由なんてないよ」
「工場が移れば、ここで宿屋をやる必要はない。どうやらアーシュには中央で、病の仕事に就いてほしいんだそうだ」
「病……今頃になって、どうして。私はもうやりたくない」
アーシュは暗い顔をした。メリダにいて、カレンさんの病を治した時から、アーシュは帝国に来て自分がいずれ病にかかわるだろうということを覚悟していたのを私は知っている。いざ病の人を見たら、放っておくことはできないだろうと。
けれど、帝国での病の活動はつらいことが多かった。それもあって、最終的には、病の治療の道筋をきちんと作って、アーシュがいなくても何とかなるように仕組みを作り上げてきたはずだ。
「病を治療する仕組みは、フィンダリアから医者を呼んで、ちゃんとフィンダリアにも伝わるようにしたはずだよ。なんで今更私が必要なの?」
「うまくいっていないんだろうな」
「それなら!」
アーシュは珍しく声を大きくした。
「帝国に使者を送って、帝国からきちんと学べばいいでしょう。なんで私に」
「アーシュが威張らないからさ」
「だって、威張ることじゃないでしょ」
「威張らないから、帝国に使者を送るより与しやすいと思ってるんだろうな」
今度はアーシュがぎゅっと手を握った。セロは黙ってアーシュの後ろに立った。まるで何かからアーシュの背中を守るように。
「そこはぎゅっと抱きしめるところじゃないですかね。マル様の言う通り、セロ様はヘタレなんでしょうか?」
空気を読まないティナの声が小さく響いた。ちょっと、私はセロがヘタレなんて思ってても口に出したことはないはず。
「ティナったら」
ふっと力を抜いたのはアーシュだ。そうして後ろを振り向き、セロを見上げた。
「俺はヘタレって言われてもなんでもいいんだ。アーシュがすることを支えるだけだ」
「うん。ありがとう」
そこには確かに、幼い時から二人で築いてきた何かがあった。私とアーシュの絆とは違う何かが。
アーシュは私のほうを見ると、ニコッと笑った。かわいい。そうして、
「ねえ、私、怒ってもいいと思う?」
と言った。
「いいよ」
「いいさ」
答えたのはセロとダンだ。三人の目が私を見た。
「もちろん」
私は力強く頷いた。そして立ち上がった。
「私はキリクの王子の婚約者として振る舞うことを許されてきています。キリクはアーシュを全面的に支援します。そしてぜひともキリクにきてほしい」
「マルったら。かっこいい」
アーシュがふんわりと笑った。かわいい。
「いいわ。何が来ても大丈夫。怒るかどうかわからないけど、気持ちは決まったから」
アーシュにそう言わせたフィンダリアを、私は少し気の毒に思うのだった。
次は来週土曜日更新です。来週いっぱいまで、土、日は「この手の中を、守りたい」、月、木は「転生幼女」水曜日は「ぶらり旅」、金曜日は「異世界で癒し手」を更新しています。
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