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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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マルはアーシュの夢を見る4

 マリスの北側から入り、そのまま西に海のほうに向かうと、小高い丘がある。そこに子羊館が立っているとダンが言っていた。その言葉通り馬を進めていくと、確かに住宅にしては大きい建物が立っている。私は馬を急がせ、丘を登りきると馬から下りて、そのままドアを叩いた。


「はーい」


 出てきたのは年配の女性だった。


「あら、宿泊ですか」

「アーシュは!」

「アーシュ……ああ、女将さんね、女将さんなら今は港に屋台を」

「馬を頼みます!」

「ええ? あ……」


 港という言葉だけ聞いて私はまた丘から駆け下りた。


 丘を下って少しだけ歩くとすぐに港になっている。アーシュを見つけるより前に、いい匂いが漂ってきた。


「魚のフライだ!」


 アーシュとサラと一緒にノールで魚を揚げた記憶がよみがえる。


「さすが港町。新鮮な魚が手に入るから、ほとんど香辛料は使っていない……じゃなくて、アーシュ!」


 荷下ろし場から少し離れたところに、仕事が終わった漁師たちが集まって何か食べている一角があった。小さな屋台があって、屋台の向こうには懐かしい黒髪とそれをまとめている赤いリボンが見えた。


「アーシュ!」


 叫んで走り寄る私に最初に気づいたのは漁師たちで、私を指さしてアーシュに話しかけている。アーシュはそれを聞いて慌ててこちらを見た。


「マル!」

「アーシュ!」


 誰かに何か一言言うと、アーシュは慌てて屋台の奥から走り出てきた。


「アーシュ!」

「マル!」


 私は走ってきたアーシュをしっかりとつかまえて、ぎゅっと抱き着いた。


「アーシュだ……」


 わたしより頭半分小さいから、隣にいると頭のてっぺんがちょっと見えるところとか、黒髪がつやつやしているところとか、折れそうにきゃしゃな感じなのに、筋肉がしっかりついているところとか、なんとなく花のようないい匂いがするところ……。アーシュだ。


「ちょっと、マル」


 アーシュの声が震えているが、これは泣きそうだからではない。


「ふふっ、もう、マルったら、なんでにおいをかいでるの?」

「これは花のエキスの入った石鹸に、ニーナの花のオイルを使った髪油、それから魚のフライ」

「やだもう、ふふっ」


 アーシュがついに笑い出した。私もおかしくなって、笑い出してしまった。もうアーシュを抱きしめていないが、手はつないだままだ。


「マル様が、笑っていらっしゃる」


 近くでティナの声がするが、ついてきたのだろう。ひとしきり笑いが落ち着くと、アーシュがちょっと不思議そうに私を見上げてきた。


「マル、でもどうしたの? 突然。もしかして、キリクで何かあった?」

「え、手紙来てない? しばらく遊びに行きたいって、先に連絡してあったはず」

「来なかったよ? キリクとの交流ってまだ始まったばかりだからねえ。手紙もどこかで止まってしまってるのかなあ。こんなことならダンに頼んで郵便も請け負っちゃおうかな」


 アーシュが腕を組んでぷんぷんしている。かわいい。


「でもいいや、とりあえずマルに会えて嬉しい」


 かわいい。ニコッと笑ったアーシュは、それから慌てて屋台を振り返った。


「いっけない、屋台ほうりっぱなし!」

「アーシュ、大丈夫だぞー。あんたのイケメンの旦那がちゃんと売ってたからな。アーシュから買ったほうがおいしいけどなー」


 漁師と思われる人がなぜか棒読みで言った。


「イケメンの旦那? もしかしてセロ?」

「はい、存在感のないセロですよー。やっと気が付いたか、マル。薄情だな」


 屋台の向こうで、若干憮然としているのは確かにセロだ。相変わらずサラサラの銀髪を短くして、ちょっと不満そうな顔も無駄にイケメンだ。


「セロ、いたんだ」

「なんだよマル、いちゃ悪いのかよ。俺とだって久しぶりだろ?」


 すっかり拗ねている。


「アーシュよりは久しぶりじゃない。キリクで会ってる」

「それは業務だろうよ、まったく」


 隣でアーシュがくすくす笑っている。よかった。こんなヘタレた男がそばにいても、こうして笑っていられるなら、アーシュは今幸せってことだ。


「悪いな、みんな、今日は遠くから知り合いが来たんで、早めに店じまいだ」

「いいさあ、また明日な!」


 セロの言葉に居残っていた漁師たちも次々と立ち去っていく。セロやアーシュに声をかけて、私のほうを興味深そうに眺めながら。


「すげえな、キリクの人だぜ!」

「きれいだなあ」

「さすがアーシュとセロだな」


 まあ、きれいと呼ばれるのは慣れているが、なぜさすがアーシュはともかく、セロもなのか。私はちょっとイラっとした。


「さ、マル、それから後ろのお付きの人たち。最後のフライ、取っといたから、食べるだろ?」

「食べる」

「迷いがないな?」


 セロは苦笑しながら、フライをパンにはさんで何かで味付けして渡してくれた。もちろん、四人の護衛の人にも渡してくれた。戸惑う護衛に、


「みんなもいただくといい」


 と言うとみんな恐る恐る食べ始めた。


「うまい!」

「熱々だっ!」

「海の魚なんて初めてです!」


 ハフハフいいながら喜んで食べている。そうだろう。アーシュの作ったものは何でもおいしいのだ。しかもやはりさっき感じたように、香辛料は最低限で魚の新鮮さを生かした味付けになっている。使っている脂が獣脂ではなく、ニーナの花の油であるところが贅沢なのを、この町の漁師たちはわかっているのだろうか。油に癖がないせいで魚の風味が生きている。


「マルったら」

「なんだい、アーシュ」


 セロがくすくす笑うアーシュに不思議そうに聞いている。


「セロ、わからないの? 今マルったら、魚のフライがどんな味付けでどんな材料を使っていてどんなにおいしいかを考えていたじゃない」

「アーシュ」


 セロは頭を左右に振った。


「気が付いてる? アーシュの言ってることのほうがおかしいって」

「え、なにが?」

「マルが頭の中で考えてることなんて、他の人にわかるわけないだろ」

「そうなの? こんなにわかりやすいのに」


 アーシュは首を傾げている。かわいい。アーシュといると、どうしてなのか伸び伸びとしていられるのだ。


「アーシュ、相変わらず料理がうまい」

「ありがと。さあ、片付けてとりあえず子羊館に戻ろっか。どうせマルのことだから、休まずに来たんでしょ」

「しばらくみんなでお世話になる」

「もちろんだよ。まだ宿屋としてはそんなに忙しくないからね」

「早く開業しろってあちこちがうるさいけどな」


 セロがそう言いながらも屋台を手早く片付けている。なるほど、ここに住んでいて結構時間がたっているのに、まだ宿屋を始めていないのか。


「さあ、子羊館へ」

「なんでマルが言うんだよ」


 セロにぶつぶつ言われながらも、こうして私たちは子羊館へ戻ることになった。


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