マルはアーシュの夢を見る1
11月12日に、「この手の中を、守りたい」3巻が出ます。記念に番外編を土日に更新します!
「マーガレット様、今日の訓練お願いします」
「わかった」
窓から外を眺めていた私は腰に剣を差すと、訓練場に向かった。
アーシュが一人で旅立ったのを見送ってからもう半年近くたつ。窓から見た草原はいつの間にか枯れた草に緑が混じるようになり、開けた窓からは冷たいながらも冬よりは暖かい風が舞い込む。
季節はもう春だ。
なんとかセロが、アーシュを探し出したという話は聞いた。
あのヘタレめ。
私とお兄ちゃんは、セロに救われた。小さいころのことを思い出すのは好きではないが、頭が勝手に覚えているのだから仕方がない。私が誰にもなじめず、しかし誰にもなじめないことにも何とも思わず、それゆえに孤立しそうになっていたところを引き取ってくれたのがセロだ。
私が不愛想でも何も言わず、たんたんと仕事をしパンを買ってくれた。何よりお兄ちゃんとはうまが合ったようで、たくさんの人の中にいて緊張していたお兄ちゃんが、私とセロとの三人暮らしになってどんなにほっとしていたか、私にだってわからないわけはなかった。
でも、子ども三人が自分たちだけで暮らしていくのはつらかった。料理ができない私たちは、パンと干し肉を買う以外、食べ物を調達する手段がなかったのだということは、アーシュと一緒になってから初めて知った。
お腹はすいていたけれど、生きるということが楽しくも何ともなかったそのころの生活は、今思い出しても色のない絵を見ているようだ。
私は訓練場に着き、集まった剣士たちと軽く礼を交わす。たくさんの男性の中に、ほんの少しの女性。この閉鎖的な国でも、やっと女子にも剣士への道が拓けてきたのだ。それはもちろん、私の存在のおかげなのだが。
つまり、何が言いたいのかと言うと、私はセロに感謝はしている。そしてずっと一緒にやってきた仲間でもある。
だけど大好きなアーシュを苦しめたヘタレでもある。
そんなヘタレが、優しいアーシュに甘えてマリスの子羊館で幸せに暮らしているという。
何か理不尽ではないか。
「マーガレット様」
腹が立つではないか。
「マーガレット様!」
私がもう、どのくらいアーシュに会っていないと思うのか。やりたくもない訓練をこうして我慢してこなしているというのに。
「マル!」
「あ、オーランド」
私は次の相手を待ちながらオーランドのほうを向いた。前の相手はどこかに吹き飛んでいた。ちなみにオーランドは私の婚約者である。
「マル、どうした」
「どうしたって、なにが」
訓練を求められたから、訓練していただけのことである。ぶっきらぼうに言う私に顔をしかめる人もいるが、私は昔からこの喋り方だ。オーランドがかまわないと言っているのだから別にいいではないか。
「マル、君らしくない」
「だから、なにが?」
「では一本、手合わせしてみようか」
オーランドが次の相手に頷いて、場所を代わる。
オーランドか。剣の相手をするのは久しぶりだ。
オーランドはキリクの族長の息子だから、つまりメリダなら王子ということになり、とにかく政務で忙しい。
「せっかくマルと近くで過ごせるようになったのに」
と嬉しいことも言ってくれるが、キリクとフィンダリアの国境で起きた崩落事故の影響はまだ続いている。何しろ一年も国境を通れなかったのだから。
婚約者として私にできることと言えば、冒険者の実力を生かして、こうして国の剣士たちのレベルアップを手伝うことくらいだ。これだけは自信を持って手伝えるから。
フーブにいたころには、それだけじゃなかった。アーシュの手伝いをして、魔物肉の料理をしたり、試食をしたり、なんでも手伝ったものだ。マルはマルで、冒険者でもあったけれど、アーシュの仲間のきれいな娘さんで、なんでも屋さんだったのだ。
マーガレット様なんかじゃなかった。
カーンと、剣を合わせる。
「そんなにぼんやりしてたら私には勝てないよ」
オーランドの緑の瞳が、合わせた剣越しに剣呑な光を帯びる。
「ぼんやりなんて、してない!」
一旦合わせた剣を離し、後ろに飛びすさる。
「どうかな、最近のマルはいつもぼんやりしてる」
そう言われて本気にならないわけがあるだろうか。もっとも本気で戦えるような人はお兄ちゃんくらいで、そのお兄ちゃんも今は二週間離れたノールに行ってしまっている。
カーンと。その立ち合いはどのくらい続いたのか。オーランドに合わせた剣をひねられて、私が剣を落としたところで終わった。
「マル」
出された手を振りはらう。
確かに、正直なところ剣はオーランドのほうが強い。でもそれほど差はなかったはずだ。なのに今、剣を合わせている間ずっと、オーランドは手加減をしていた。
オーランドはずっと忙しく、私はその間ずっと剣の訓練をしていたというのにだ。
「マル、少し話をしようか」
オーランドは、静かに手を引くと、いつも冷静な顔を少し曇らせて背を向けた。ついて来いと言うことなんだろう。私は少しふてくされて剣を拾うと、オーランドの後についていった。向かうのはオーランドの私室らしい。
あまり訪れたことのないその私室は、余分なものが何もなく殺風景だった。物珍しそうに部屋を見回している私にオーランドは、
「疲れているところに悪いんだけど、ガガを入れてくれないか」
と頼んだ。私ははっと顔を上げた。
「いいの?」
「うん、いいんだ。というか、マルにいれてほしいんだ」
と甘えたように言う。私がいいの? と聞いたのは、普段はお茶は使用人にいれてもらうからだ。騎馬民族は自立を重んじると言っても、やはり身分の高いものは自ら雑事をしたりしない。それは使用人の仕事を奪うからで、だから私も堅苦しくても、いろいろなことをなるべく自分でしないようにしていた。
お茶やガガもその一つだ。
私はオーランドが座っているテーブルのところで、直接お湯を沸かしガガをいれていく。少し粉が古くなったかもしれない。それでも、何とも言えない香ばしい香りが部屋に漂った。なんとなく波立っていた私の心も落ち着いていく。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう」
にこっと笑った顔は、オーランドを少年のように見せる。ほかの人より小柄なオーランドは、顔立ちも少し幼くて、笑うといっそう少年のようだ。それを嫌っていつもはすごくまじめな顔をしている。
でも、私はそのその少年のような笑顔が好きだ。
「マル、笑ってる」
「オーランドも」
おいでと手招きするオーランドの隣にいそいそと座ると、オーランドがそっと腰に手を回して引き寄せる。
背は同じくらいだから、頭と頭がこつんとぶつかってしまい、思わず二人ともクスっと笑ってしまった。こんな時間は久しぶりだ。
「なあ、マル」
「なに、オーランド」
ぶっきらぼうのようだが、これが私の標準だ。
「最近、食べ物の味がするかい?」
食べ物の味? なんのことだろう。
明日も更新します。区切りがつくまで土日は「この手の番外編をお楽しみに!それから、基本的に月、木は「転生幼女はあきらめない」水曜日は「聖女二人の異世界ぶらり旅」を更新していますので、よろしければどうぞ!
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