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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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丘の上には

「な、最近漁港に出てる屋台のフライ、食べてみたか」

「食べた食べた、魚にあんな食べ方があったなんて、驚きだよな」

「漁師の俺たちなのにな」

「今日も出てるといいなあ。船が帰ってきて、魚を下ろし終わるのに合わせて熱々で揚げてくれてるんだぜ」


朝早くに漁に出て、昼前には戻ってくる。そんなマリスの漁師たちの最近の楽しみは、屋台の魚のフライだ。


「あれだろ、港のすぐ上の」

「丘の上にフーブの商人が建てていたあの大きな家の娘さんだろ」

「最近越してきたらしいが、一人なんだよなあ」

「あの商人とは兄妹かな」

「髪の色が違うぜ」

「じゃあ、奥さん……」

「やめろよ! 俺たちの夢がなくなっちまう!」


赤いリボンで黒い巻毛をきゅっとまとめたかわいい娘さんなのだ。キリクとの国境が閉ざされて、また開くのに一年かかった。その間にフーブの町はずいぶん大きくなり、そのおかげでマリスの町もずいぶん儲かった。魚も獲れば売れる。最近は干物がキリクにも流れていくようになって、漁師も忙しい。


それに遠くから定期的にくるようになったあの船のおかげで、キリクの穀物やノールの品などを買い付けに来る商人も増えた。町もずいぶんにぎわっているんだ。


「まあ、よく領主や奥さんが見に来てるって噂だから、どっかから預かった娘さんじゃねえか」


年かさの漁師がそう口をはさむ。


「でもよ、それならなんで商売なんかしてるんだ? 庶民ならなんで領主が気にかけるんだ?」

「さあなあ。でも領主だけじゃないぞ。うちのかみさんたちもいつの間にか仲良くなっててな、魚のフライもちゃあんとレシピも教えてもらってるぜ」

「おやっさん、あれ、家でも食べれんのかよ」

「油を用意するのが面倒って言って、結局娘さんが揚げているやつを買ってくるんだけどな」

「意味ねえ!」

「ちげえねえ」

「ハハハ」


さあ、今日もフライを買いに行こう。漁師たちは仕事を終えて屋台に向かう。


「なあ、なんで今日はパンも売ってるんだ?」

「ああ、そのパンね、角のパン屋さんのものなんですけど、こうしてフライをはさんで、このたれをかけて、はい!」

「おお? 手も汚れねえし、何よりうめえ……」

「フライだけよりおなかにたまりますよ。よかったらパンも買ってくださいな」

「じゃあ一個!」

「俺も!」


そんな風に工夫されたフライの屋台には、ちょっと離れた場所からも買いに来るので油断しているとあっという間に売り切れてしまうのだ。


「ああ、売り切れてた!」

「はい、最後の一個ね」

「ありがてえ」


でも、いつも買ってくれる漁師のために、こっそり一つ二つフライを残しといてくれる、そんな気遣いもできる明るい娘さんは大人気なのだ。売り切った屋台を一生懸命引いて、少し高いところにある家まで帰る娘さんは、でも誰の手伝いも断って一人で暮らしているらしかった。季節は冬だけれど、もうすぐニーナの花が咲く季節になる。花が咲いたら娘さんを誘おう、そう思っている若者はたくさんいた。


そんな娘さんは、丘の上からよく海の向こうを眺めている。


「おお、また来たな、町の商人に知らせようぜ!」


そしてまた、帝国からキリクを回ってあの船がやってきた。小さいのに、メリダの魔道具をぜいたくに使って、こんなにかというほど荷物を積んでくる。なかなか手に入りにくい帝国の東や北のほうの品なんかもあって、商人が目の色を変えるほどだ。


そうして、漁師よりはほっそりとした、それでも鍛えているとはっきりわかる銀の髪の若者が船から降りてくる。と同時にキャーッという若い娘の声が響く。確かにかっこいいよな。漁師たちはチッと舌打ちしたりするが、本人が興味を示さないし、この間から若い娘が喜びそうなきれいなアクセサリーも持ってくるようになった。


それが町の娘に本当に喜ばれるものだから、町の若者もしぶしぶと歓迎する。


そんな中、娘さんはいつものように魚のフライを揚げている。今日はいつもよりたくさん客が入ることだろう。銀の髪の若者は、ふと気づくと屋台に足早に歩いて行った。


「あの、フライ一つ」

「はい、どうぞ」


若者はフライごと両手で娘さんの手を握りしめた。何をやっているんだ。抜け駆けは許されないのに。


「ここに宿屋はないかな、できるだけ港の近くがいいんだ」


若者は手を握ったままそう尋ねた。


「そこの丘の上に」


娘さんはうつむいて答えた。それは娘さんの家だろ? 周りはかたずをのんで見守った。


「子羊館だろ」


確かに、子羊館という看板は出ていた。


「初めての泊まり客になってもいいですか」


おずおずとそう聞く若者に、娘さんは顔を上げるといたずらな顔でこう言った。


「バカね! あなたの家でもあるのよ! おかえりなさい、セロ」

「ただいま、アーシュ。やっと見つけた」


銀の髪の若者は、屋台から娘さんを引っ張り出すと高く抱き上げてくるくると回した。娘さんの明るい笑い声が響き、リボンが揺れる。


「ちょっと遅かったんじゃないの?」

「その分お土産も話も、たくさんあるんだ」

「私も」


そう言って若者は当たり前のように屋台を引いて、娘さんはその隣に寄り添い、二人で丘の上に歩いていく。皆それをあっけに取られて見送った。


「なあ、荷下ろしはどうするんだ」


誰かがぽつんとつぶやいた。


「それは私がやりますよ」

「あれ、フーブの商人さん」


いつの間にか船のそばには、亜麻色の髪の優し気な商人が立っていた。ゆっくり船から下りてきたらしい。


「いやあ、船は早いねえ。それでもフーブから二日のマリスに、帝国周りで一か月かかっちゃったけどね」

「逆回りって、あんた何やってるんだ……」

「一度は乗ってみたいでしょ、男ならさ」

「確かにな」

「さあ、帝国とキリクから、面白いものいっぱい仕入れてきたんですよ。今から荷下ろししますからね!」


いつものように商人や若者たちが群がった。


「さて、アーシュはいつ宿屋を開いてくれるかな。ま、今日は邪魔しないでおこう」

「丘の上のあれ、宿屋なのかい? なら泊めてくれるかねえ。マリスにはあまりいい宿がなくてね」

「聞いたことないですか? フーブの子羊館」

「ああ、お風呂があって居心地のいい」

「あそこの女将ですよ、あの丘の上にいるのは。きっともうすぐですよ、宿が開くのは」


マリスの港のすぐそばの、丘の上に立つ建物は子羊館と呼ばれ、それから少しずつ大きくなり、帝国からもフィンダリアからも客を集める宿屋になるのだった。各国王族御用達のその宿屋の、かわいくてしっかり者の女将とふらふらしていると評判の船乗りの旦那のもとには、客が絶えることはなかったという。





一区切りつきました! 『この手の中を、守りたい』二巻発売記念にと始めた話でしたが、セロを船に向かわせるだけのはずでした。


でも結局1ヶ月半かかってしまいました。やー、若いって大変(遠い目)。


章ごとに、ここで終わっても大丈夫というところで区切っているつもりなので、この後はちょっと未定ですが、新婚編とか、ダンはどうなる編とか、うーん、どうでしょうか。番外編は少なくとも書くつもりではいます。ただし少し先かなあ。


これから一旦「毒にも薬にもならないから転生したお話」の続きを書いてから「聖女二人ぶらり異世界旅」を書こうかなと思っているところです。


久しぶりの子羊、お付き合いありがとうございました!


そしてちょっと宣伝です。「ぶらり旅」2018年1月10日、カドカワBOOKSさんより発売です!

さらに2巻が5月10日、発売です!


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― 新着の感想 ―
[一言] アーシュ セロやっと出逢えたねよかったです❤️ アーシュの父母の危うげでもありでも硬く繋がっている愛を 見ていたからアーシュは別に完璧なものには拘らない 二人の意志疎通があればなんとでもなる…
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