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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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アーシュ17歳9の月 アーシュは

それからはあっという間だった気がする。


建築の仕事の人はむしろ増え、町長の屋敷の周りに少し高級な家が次々と建てられていく。町も隙間を埋めるように小さい家が建てられ、工事の人に限らず、家族で移り住んでくる人も増えた。


兵舎に間借りしていたギルドも小さいながらも独立した建物が建ち、驚いたことにジュストさんがギルド長に任命された。レイさんは副ギルド長だ。


「僕もそろそろ腰を据えていいころだよね」


そんなふうに当たり前のことのように言うけれど、やりたいことしかやらないジュストさんで本当に大丈夫なのだろうか。もっとも、この半年ほどしっかりとダンジョンに挑み、驚くほど真剣に若い人をきちんと見てきたのも確かだ。


ヒュレムもジュストさんのもと、荷物持ちとして冒険者を目指している。


「アズーレさん、いいの? 危険な仕事だよ、冒険者は」

「心配には違いないけれど、あなたたちと出会ってしまったんですもの。魔物がうろつきまわっていたあの恐ろしい時間、あなたたちは希望だった。明るく輝いていたわ。冒険者はごろつきじゃないって証明してくれたのは、あなたたちとジュストさんよ」


まあ、ジュストさんも金色の髪に青い瞳、見かけだけはメリダの好青年、いや、好中年なのだ。


「アーシュ? 失礼なこと考えてない?」

「い、いえ、考えてませんよ?」


なにしろかけられた迷惑も大きかったので。ちょっと不安になってもしかたないだろう。


そんな中、時間を見つけてダンと一緒にマリスに行って、宿屋の候補地を見つけてきたりもした。その間はジュストさんが狭間の工事を手伝ってくれた。


そして4の月、ユスフ王子が正式にフーブ辺境自治区の領主としてやってきた。もちろん、役人やお付きの人もつれてきた。


「今まで大変な仕事をさせてすまなかった。もう十分だ。年頃の娘らしく、楽にしてほしい」


と言われ、町の建物の管理の仕事を、フィンダリア側の人たちに少しずつ移していった。


とはいえ、宿は私の持ち物である。メリルの子羊館や、ギルドの仕組みづくりの時のように、一定の割合は売り上げから納めてもらうので、要は働かなくても安定した収入が入ることは確かだ。また、宿の規模もメリルとは段違いだ。もちろん、クッキーやドーナツに対しても権利はある。


宿泊の管理を任されてから半年以上、様々な仕事をしてかなりの収入を得た。また、手伝ってくれたサラにもマルにも収入はあったから、特にサラは、キリクに帰ったとしても、親の言う通りにするのではなく、自分のやりたいことができるだけの資金はたまったことだろう。


ウィルも兵舎の副官も、やっと肩の荷が下せるとほっとしているようだった。しかし、セロの船を経由してきた文書から、キリク側から正式に大使として任命されたことがわかり、結局は大きな責任を背負い込むことになるウィルだった。


副官は若いながらも隊長に昇進し、


「仕事がさっぱり減らないんですよ」


とドーナツをかじりながらぶつぶつ言っている。


そんな中、何食わぬ顔で一番利を得たのはダンだろう。物資の流通を一手に担い、ダースにもマリスにも取引先を作り、いつの間にかフーブの商人さんと呼ばれ、引く手あまただという。時には帝国までも出かけ、いろいろと仕入れてはセロも巻き込んで何か商売をしているらしい。楽しそうで何よりだ。


私は忙しい仕事から少しずつ解放され、狭間が閉じてからほぼ一年たとうとしている夏、残された狭間の仕事に精を出していた。


「待て、岩を削るのをやめろ!」


大きな声に、工事はいったん止まった。向こう側から、岩の落ちる音がする。


「上を見ろ!」


の声にみんなが一斉に上を見上げると、そこには濃い金色の髪と、緑色の瞳のキリクの人たちが立っていた。


「もうこんなところまで進んでいたのか!」


その人たちは驚きの声をあげると岩の上から下りてきた。


「様子を見ようと山肌を伝ってきたのだ。もう1㎞も残ってはいないぞ!」


その報告に現場は沸き立った。それはあと数週間で開通するということだ。


キリクの人たちは、一緒にいたマルを見つけてやってくると膝をつき、


「マーガレット様とお見受けする。二年前の夏の力比べで遠くから拝見したのみですが。オーランド様はお元気で、この狭間のすぐ向こうで指揮をとっていらっしゃいます」


といった。マルの顔が輝いた気がした。どうせ旅に出るからそもそも一年は会えないのだと割り切っていたように見えて、やはり会いたかったのだろう。


「また魔法師の皆さんが頑張っていらっしゃることも、ウィル様のご活躍もきちんと届いております。アーシュ様、燕麦の活用法は一年できちんとキリクに広まりました。海路ではさすがに十分な量の穀物を運ぶことは難しく、燕麦がなければ飢えも出たかもしれません」


役に立って本当によかった。




キリクからの知らせは工事の勢いを増し、工事はどんどんはかどり、開通も間近になった日の夜、私は町の前に広がる草原に来ていた。


「アーシュ、行っちゃうの」

「うん、マル。一緒にいられたこの10年、面白いことばかりだったね」

「アーシュのそばにいられて、本当に楽しかった。マルは見る目があった」

「本当だね。ザッシュのグループにいたらどうなってたかなあ」

「おんなじ。メリルで出会えたことが奇跡だから」


私はマルをぎゅっと抱きしめた。マルもぎゅっと抱きしめ返す。マルは私の手を離れても、それでも二年間一緒にいてくれた。今度は私が、つないでいてくれたみんなの手を離す番だ。それにもうフーブに私は必要ない。


「行くの?」

「うん。一人で頑張ってみる」

「セロは?」

「きっと大丈夫」


ウィルやサラとはもうお別れを済ませてきた。


「さあ、アーシュ、行こうか」

「うん」


ダンの馬車にそっと乗り込む。


「またね」

「またね」


また会える。会えなくても心は一緒だ。馬車は夜の草原に動き出した。




それから数日して、ついに最後の岩が取り除かれた。


「オーランド!」

「マル!」


という婚約者同士の再会もあれば、


「サラ!」

「お父様?」


親子の再会もあった。


「領地は」

「まだおじいさまが健在だ。ノールも今までになく活気に満ちているぞ、ほら、セロのおかげでな」

「「セロ!」」


キリクを横切って、セロが来ていた。


「ウィル!」

「よくやったな! セロ!」

「ああ!」


がっしりと握手を交わしあった二人だったが、セロはすぐにあたりを見回した。


「アーシュは?」


その声に開通と再会を祝していた場が静まった。


「そういえばここ数日見かけていないな」


誰かがつぶやく。


「そんな……俺はもう、間に合わなかったのか……」


セロが膝をつく。


「バカだなあ、アーシュが何と言ってたか思い出せよ」


ダンが歩み寄る。


「ダン」

「なんて言ってた」

「探して、見つけてって」

「アーシュも子羊を離れて一人で歩きだしたんだ。必ずどこかでお前を待ってる。それは、きっとお前がいける場所だ」

「教えてくれないのか」

「探せよ」


ダンはセロに手を差し出し、地面から引き揚げた。


「さ、俺もちょっと落ち着いたから、お前と一緒に行こうかな」

「今更か」

「乗せてくれよ、お前の船にさ。ついでに仕入れもしていこう。船は今?」

「シュレムに回してある」

「あーあ、時間かかりそうだな。それもいいか」


集まった子羊はまたバラバラになるけれど、どこかでまた一緒に。そこには必ずアーシュがいるはずだから。今はそれぞれの道を歩いて行こう。


あと一話で一区切り!

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