アーシュ16歳10の月 エールはいかが
昨日お風呂代が5500ギルと大変お高くなっていましたが、500ギルに値下げしております。安心してご利用ください。(訳:誤字修正しました)
狭間の工事の人はとりあえず兵舎に泊まってもらっている。
そのころには魔物肉の調理を覚えた町の奥さんたちが、兵舎に賄いとして派遣できるようになっていた。そしていよいよ屋台の出番だ。昼近くになると、サンドとお茶、それにスープを用意して狭間まで運んでいく。次第に寒くなって行く現場ではこれがとても喜ばれた。
そしてまずは風呂場と食堂が出来上がった。これで一括調理ができ、朝と夜の食事時には建築現場の人と狭間の工事の人が一気に集まる。賑やかなことこの上ない。
「アーシュ、酒を出すことはできないか」
これは宿舎の建築と、狭間の工事の責任者に同時に頼まれた。
「私も成人していますが、正直なところ夜の営業は経験がないんですが」
自分自身で給仕するつもりもないし、町の奥さんたちを使うつもりもない。困った私は、ダンと、帝国からわざわざ来てくれた料理長に相談した。
「今も朝は免除されてるし、俺の仕事は夜の調理までだろ。そこから二時間、夜の八時くらいまでなら営業延長してもいいぜ。ただし報酬は弾んでくれよ」
「酒の仕入れはできると思うよ。といっても、軽いエールだけにしよう。酔っ払いが出ると困るしな」
料理長も、ダンもいい反応だった。
「えっと、料理する人だけでなくて、給仕する人や片づけをする人も必要だよね」
「そうだなあ、酒場にはたいていかわいい姉ちゃんがつきものだからなあ」
「それはだめだから」
私はうーんと考えた。
「エール一杯っていくらくらいなの?」
「アーシュ、お前案外物知らずだなあ。帝国では300ギルくらいか」
仕方ない。酒場にはほとんど連れて行ってもらったことはないんだもの。エールとお茶と同じくらいの値段なんだ。不思議だなあ。
「もっとも上がるかもしれねえ。キリク産の麦を使うエールもあるんだよ」
そんなところにも影響があるのか。
「300か。お金は最後に払う?」
「だいたいそうだなあ」
じゃあ、支払いの手間をなくして、料金を一律にして。
「みんな必ずご飯を食べてからエールだろうから、つまみはそんなにいらないよね。エールもつまみも一つ300ギルに統一して、全部先払い。カウンターに自分で取りに来てもらうってのはどうかな?」
「給仕するんじゃなくて、ほしけりゃ取りに来いってか。強気だな、おい」
「もともとこちらが頼んで営業するんじゃないしね。どうしても飲みたいなら、ひと手間かけてもらってもいいんじゃないかな」
「慣れればどうってことないだろ。兵舎の兵も受け入れることにすれば、もめ事があってもなんとかなるだろうし」
皿洗いや片づけには、一時間単位でアルバイトを雇うことにした。町の子はさすがに手伝いに来ないが、荷物持ちとして冒険者の訓練についてきた子どもたちが、お小遣い稼ぎに店の裏側で働くことになった。
もちろん、カッセさんを始め、町の世話人を中心に酒場を開くことを納得してもらった上でだ。ダンも町の酒屋から優先的に酒を仕入れることにした。しかし、それだけでは足りないのでダンも独自に仕入れ先を確保するそうだ。
「マリスにつながりができたからね。あそこから仕入れてくるよ」
とのことだ。酒に合う合わないはともかく、料理と言ったらマルの出番だ。串焼きでも一本300ギルはするので、何をつまみに出すか、量はどのくらいにするかなど、料理長と相談して考えてくれた。
「ドーナツはどうかしら」
これはサラだ。
「お酒を飲めないけれど、わいわいしたいって人もいると思うの。お茶もちょうど300ギルでしょ。小さめのドーナツを二つで300ギルで出すとして、アーシュの糖蜜クッキーを三つで300ギルで出すでしょ」
「それは私にクッキーを焼けと?」
「だっておやつ用に焼いているじゃない?」
確かに時々焼いてるけどね。ちょっと働き過ぎなんじゃないかなあ。サラだって私と一緒に宿舎のあれこれを回しているから、同じように忙しいはずなのに。まあ、やってみてもいい。
「それなら甘くないクッキーもできるよ? メリダでお酒のつまみにって買って行く人もいたし」
「じゃあ、それも出してみよう」
というわけで、一つ目の宿舎が完成したあたりに、夜だけ営業の「踊る子羊亭」が開業することになった。
「なんでも子羊付ければいいってもんじゃなくね?」
とウィルが首を傾げるが、だって名前を考えるのが面倒なんだもの。
結局は60人近くの作業人と、兵舎にも30人ほどの兵がいて、帝国から手伝いに来ている人を含めると、100人以上の人が増えているわけだ。それが一ヶ月近く、娯楽のない辺境の地にいて、さすがにみんな退屈していたらしい。
夕食後の開店を、みんなわくわくして待っていて、座る席がないほどだった。私とサラとマルは、やっぱり気になるので数日は食堂にいてようすを見ることにした。ダンも控えている。
「踊る子羊亭、開店でーす」の声と共に、
「エール一杯!」
という声が次々とかかり、エールだけ頼んでいく者、ついでにつまみを買って行く者、そして飲めないけれどようすだけ見に来て、ドーナツが売っていていそいそと買って行く者など、客足は8時まで途切れることはなかった。席がない者もエール片手に壁に寄り掛かり、楽しそうに話していた。
「サラ、ドーナツ足りなかったね……」
「クッキーも完売だ……」
「急いで追加のエールを発注しないとな……」
追加で二時間の簡単なお仕事です、と考えていた私たちは、料理長を含めて呆然としていた。
「どれだけ娯楽に飢えてたんだよ……」
「確かに、ご飯はおいしいとはいえ現場と宿舎の往復だけでは不満もあったかも」
料理長とダンがそう言った。
「飲み食いしなくても、集まれる場所にしたほうがいいかもね。少なくともこれだけの人数がいる間は」
「そうね。アーシュ、お土産用にもっとドーナツやクッキーを用意してくれって言われたわ」
「ああ、サラ、言われてたねえ。部屋に持って行きたいからって。あと、家族にお土産だって」
「あれ、兵舎の人だと思うの。最近屋台が時々しか出ないから、タイミングが悪くて買えなかったって」
確かに、最近は屋台はたまにしか出していない。
「増やしてって言われてもねえ……できるけどさ」
「できるわね」
私とサラはニヤリとした。
「やる?」
「やろう」
「マルはしょっぱい奴を手伝う」
「マルはこっちを手伝ってくれや」
料理長から声がかかった。料理長も大変だったのだ。
「ドーナツやクッキーは、作る時間を決めてお手伝いを募ってみるよ」
「昼にここのオーブンを使えるから、楽になったね。町長のお屋敷はやっぱり借り物だから」
お手伝いの子には遅くならないうちに日払いのお給料とお土産を持たせて帰らせた。こっそりとっておいたドーナツに大喜びだった。荷物持ちじゃ、稼げないものね。
フィンダリアも私に宿舎と作業する人の管理を委託したことで、明朗会計で経費がわかるし、私は私ですでにだいぶ稼がせてもらっている。もちろん町の人になるべく還元しているし、マリスにもダースにも発注が出ているので、そちらにも少しは影響があるはずだ。
少しずつ手ごたえを感じ始めている私だった。




