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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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アーシュ16歳10の月 走り出す

セロのいない隙をつこうなどと思う者はいなかったようで、それからは兵舎のみんなには私は腫れもの扱いだった。町のみんなにはなんだかわかったような顔で肩を叩かれた。ダンはすぐに工場を作りに出かけたし、ウィルも何も言わなかった。


だからなんだというのだ。セロがいなくたって一日は回る。


ダースからすぐに設計者が送られてきて、現場を見ながら設計を詰めて行った。


宿舎を作る場所は、狭間のそばではなく、町の入口の方だ。効率だけ考えたら狭間のそばがいいのだろうが、朝と帰りは必ず町の中心を通るようにする。そのことで町の人との接点もできるし、町の人も宿舎の施設を利用しやすいということになる。


宿舎については、最初に計画したように、コテージのような独立した建物に10人分の個室と共用スペース、それを大きな食堂に渡り廊下でつなげる形にしてある。トイレはコテージに付けるけれども、風呂の場所はまた独立させ、宿に泊まっている人は無料で、それ以外の人には一回500ギルで利用できるようにしてある。


そもそも温かい湯を使って風呂に入るというのはとても贅沢なことなのだ。それが500ギルで利用できるということであれば、町の人も喜んで入りに来た。それを見越して宿舎が仕上がる前に、風呂だけは先に作っておいた。もちろん、手持ちの他にメリダから魔道具を取り寄せてあったおかげである。


宿舎の建築の前に来てくれた隣の鉱山町からの職人は、収納バッグの活用に目を輝かせ、是非売ってほしいと頼まれたりもしたが、安全な岩の崩し方や順序、それに岩を廃棄する場所まできちんと指導してくれて、大いに助かったのだった。


「この山脈が崩落し、こんなことになるとは思わなかった。正直なところ、我々の町の鉱山の奥もこんなダンジョンが静かに活動しているかもしれないと思うと恐ろしい。気を引き締めて活動せねばならん」


そう自戒すると、工事の人足が来るまで滞在してくれたのだった。


フーブの町には宿は一軒だ。アズーレさんのところは臨時でやっているにすぎない。それに加えて、下宿ならなんとかということで無理に町の人に泊めてもらって数人、合わせても30人ほどしか泊まれない。


兵舎も基本的には民間の人は泊められないが、しばらく一角を借り上げて20人分ほど使うことになる。それに加えて町長の家で30人、町長の使用人小屋で15人ほどである。兵舎や町長の家は本当に臨時なので、宿舎ができたらなるべく早く移動することになっていた。


9の月の段階ではみんなのんびりしていたが、建築の工事と並行して狭間の工事が始まる。帝国から料理人一行もやって来る。10の月に入ったらにぎわうどころの騒ぎではないことは目に見えていた。


だから私は、少し早く町の人を雇って、とりあえずの宿舎になる兵舎と町長の家を宿屋として回して行く訓練を始めた。同時に、いずれ必要となる大量の食料や資材の発注をダースに出した。


もちろん、合間には一日五回、ウィルと一緒に岩を砕きやすくするために魔法も放出した。


「働きすぎだろ」


と言われていることはわかっていた。


「あのだめな婚約者のせいだろ」


と言われていることも。そうかもしれない。それでも私は、悲しみより不安より、じりじりとするような期待感にあふれていた。


そして、それは9の月の終わりから始まった。


まず、ダースから建築士と共に宿舎の工事の人が一気にやってきた。その数30人。大人数でなるべく早く宿舎を立ち上げる計画だ。


同時に帝国から、下町の元締めのコノートさんから派遣された料理人と、孤児院出身の若い冒険者たち、それに孤児院から派遣された荷物持ちの子と、屋台担当の女の子たちがやってきた。若い冒険者と思われた中には、一人だけギルドから派遣されて来た人がいて、私はその人に両手をしっかりと握られ、


「あなたのおかげで病が完治し、こうしてギルドの職員として働けることになりました。私が魔石の管理をします」


と挨拶された。少し気恥ずかしかった。兵舎の一室を借りて、ギルドの出張所を作るらしい。


「さあ、冒険者と荷物持ちの子たちは、僕たちの管轄だよ。宿舎に案内するからおいで」


こう言って、町長の屋敷の、雑魚寝の使用人部屋に若者たちを案内したのはなんとジュストさんだった。


「明日から僕たちがこの子たちを見て行くから、アーシュはご飯をよろしくね」


そういえば、相当スパルタだったけれども、私たちも育ててもらったんだったと、メリダの日々を懐かしく思い出す。同時に、冒険者の若者たちをちょっと気の毒にも思った。せめておいしいご飯を作らないと。


ダースと帝都からの一行は、基本的に町長の家に泊まってもらう。用意しておいた食材を運びこむ。肉屋のおじさん二人が魔物肉の解体をし、それも食材に回す。帝都から来た魔物肉屋が、それを料理する。朝ご飯と昼ご飯は、孤児院からきた子たちと私とサラで用意する。そのすべてに町の人に、主に奥さんたちに手伝ってもらう。


そしてまずお風呂ができ、食堂を作り始めたころ、王都から狭間の工事をする一行がやってきた。そのころには狭間から50メートルほどは岩を取り除くことができていた。


「こんな短期間でここまで岩を削れたとは……。さすが鉱山技師だけのことはありますね」


そうほめる王都の監督に技師は、


「メリダの魔法師と、文句も言わず働いた砦の兵士のおかげですよ」


と謙虚に言った。話には聞いていても実感のなかった監督は、私たちの魔法を見て腰を抜かすほど驚いた。しかし工事が楽になることをとても喜んでくれた。


「この魔法を見るだけでも、フーブの町に来たかいがあります」


と言って、魔法を使うたびに飽きずに見入っているのだった。お金を取っちゃうよ?


「そうだ、建築が終わって工事の人が帰ったら、今度は町長の屋敷が空くよね。そうなったら、『魔法を見ながら魔物肉も食べられる町、開通までの今だけ!』とか言って、王都の貴族を観光に来させるとかどうだろう」


10月になって石鹸工場の立ち上げから戻ってきたダンにそう言ったら、


「アーシュ、それは宿舎の工事の人がいなくなって落ち着いたら考えよう、な? 少し走り過ぎだぞ」


と返された。でも今から考えておかないと、間に合わなくなっちゃう。


そう話そうとした私に、ダンは手を伸ばすと、ぎゅっと胸に抱きこんだ。


「ダン、どうしたの?」

「アーシュ、どうしたのじゃない。やせただろ」

「たぶん、少し?」

「くっ、マルとウィルは何をしていた! せめてサラがいただろう」


二人とも若い冒険者の育成で忙しかったんだよ。マルは魔物肉の料理もしているし、ウィルは魔法も使ってるし。サラは一生懸命私に食べさせようとしてくれているよ?


「本当はこの役割は俺じゃないんだが、バカ野郎がいないから」

「うん」


でも久しぶりに誰かに甘えることができて、ほっとした。


「あいつは必ず帰ってくるから」

「うん」

「しっかり者の女将に、ふらふらした旦那だって言われたいんだってさ」

「最悪」


ダンはまたそっと私を離した。目を合わせて同時に言う。


「「でもそれがセロ」」


わかってる。ありがとう。

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