アーシュ16歳9の月 メリダの魔法師
感動は感動として、狭間をどうするか。
「街道を整備しているところに頼むのが一番なんだが、正直山を削って道を拓く仕事などしているところが思いつかないのだが……」
アレクが狭間を見上げながらうーんと唸った。
「だから採掘の技師を呼んだのです。岩を削るのならお手の物だろうに、あやつらときたら!」
コサル侯は怒りがぶり返したようだ。
「まあ、街道整備で大きい岩を削ることもあるだろう。そこに依頼するとして、問題はそれらの岩をどうやって運ぶかだな」
そのアレクの言葉に、ダンがこう言った。
「収納バッグを使えばいいんですよ」
「しかし収納バッグは貴重なものだ。中に岩や土を入れるなどと考えられぬ」
「魔物の死体は入れてますけどね」
「それは! 確かに、それはそうか。我々の収納バッグの使い方と、メリダの冒険者の使い方はまったく異なるからなあ」
アレクはみんなの腰についているバッグを眺め、狭間をもう一度見上げると、
「しかし、どうやって入れる」
と疑問を口にした。
「そう、何でも入るわけではないですし、大きなものは正直入りません。だからメリダでも大きな家具などは人力や馬車で運んでいましたし」
ダンはそう言うと、
「試してみましょうか」
と狭間に近づいた。
「小石、はもちろん入る。ひと抱えあるものも、入る」
収納バッグにヒュっと石が吸い込まれるのを周囲の人は驚きをもって見つめた。
「砂、は入らない。どうやらある程度の大きさのものでないとバッグが認識しないようですね。そう言えば水も入れ物で入れていたな……」
ダンは次々と試して行く。
「大きい岩は、と、入らないな。基本的に魔物収納用に作ってあるから、オーガより大きいサイズは入らないようですね。石けんの工場の機器も大きいものは入らないから分解して入れるんだよな」
そう言うと狭間からちょっと離れて、収納バッグから草原に次々と岩や石を出した。
「何と贅沢な使い方だ……」
あきれたり感心したりするフィンダリアの人のもとにダンは戻って来ると、
「ねえアーシュ、ウィル、それからグレッグさん」
と魔法師を名指しした。
「なんだ」
代表してグレッグさんが答える。
「魔法でなんとかならない?」
「魔法でか。つぶてを飛ばすことはあるがそれは風の魔法だし、土や石に干渉する魔法はないぞ」
そうだ。灯り、火、水。風。その組み合わせなのだ。
「試しに風の魔法を叩きつけてみるか。魔物は吹っ飛ぶけど、岩はなあ」
そう言いながらグレッグさんは
「風よ!」
というと、重い風の塊を撃ち出した。ドーン、と岩に当たると、振動で小さめの岩が崩れ落ちてきたが、大きい岩はどうしようもない。
「アーシュ?」
大きな魔法でだめならば、ちょっと工夫してみよう。
「岩の水分を抜いてみる」
大きな岩に手を当て、
「ドライ」
と小さな声をかける。と、岩に大量に魔力が吸いこまれ、手元から岩がさらさらと崩れ落ちていく。
「おお!」
感動の声が上がったが、手が岩に吸いついて離れない。焦る私に、途中でセロが気がついて引き戻してくれた。
「助かったよ、セロ。魔力が果てしなく岩に吸い込まれて、危うく魔力切れになるところだった」
私は冷や汗をかいていた。そうして削れた岩は、手の肘までくらい。
「これは効率が悪いよ。水分を抜くのはだめだ」
がっかりした空気が流れる。
「風をぶつけてだめなら、火をぶつけてもダメだろうしなあ」
ウィルが岩を眺めながらそう言った。ガラスなら、温めた後冷やすと割れちゃうんだけど、岩はなあ。私はだるさを耐えながら思い出していた。
待てよ。温度差で、少しでももろくならないか。
「ウィル、あれ、グラスって熱くして冷やすと割れるでしょ」
「そうなのか?」
流しに置きっぱなしにしたグラスに野菜のお浸しのお湯をかけて、焦って冷やして割ったこと、誰でもあるよね? え? 置きっぱなしにしないで洗う? まあいい。
「炎で加熱して、急激に冷やしたら割れやすくならないかな」
「やってみるか。分担したほうがいいな。アーシュはだめだな。魔力切れだ。グレッグさん」
「おう! 火か、水か」
「水を冷やすのは?」
「正直得意ではない」
グレッグさんはなぜだか胸を張った。
「じゃあ、グレッグさん火で。俺は水で。みんな、なるべく離れてください」
みんなぞろぞろと離れて行った。私は近くで見たいので残る。セロも、ダンもだ。この頃にはサラも戻ってきて、遠くから見てくれていた。
「アーシュが削った当たりを狙う。炎は、小さめ。高温で。行くぞ」
グレッグさんはそう宣言すると、
「炎、一つ、二つ……」
と数えながら、高温の炎を撃ちこんでいく。十を数え終わった時、ウィルに交代する。
「水よ、一つ」
ギャン、という、熱い油に水が入った時のような音が大きく響き、岩からもうもうと水蒸気が上がる。
「ゆっくり行く。二つ、三つ」
数えるごとに水蒸気が沸き、やがて音がしなくなり、むわっとした湿度の高い空気が押し寄せてくる。
「風よ」
グレッグさんは広範囲にゆるい風の魔法をかける。水蒸気が消えた岩に、恐る恐る近づいていく。
「熱いが、触れないほどではない。どうする、アーシュ」
「何かで軽く叩いてみて」
グレッグさんの言葉に、私が答えると、セロが剣のつかで軽く叩いた。ボロッと岩が砕けて落ちた。
「誰か、叩くものを持ってこい!」
副官の言葉に、兵舎に人が走る。やがて持ってきたつるはしで、奥行50センチほどの深さまで、広範囲で崩すことができた。
「これで50センチか。この岩一つでいつまでかかることやら」
グレッグさんがうんざりしたようにそう言った。
「しかも、このレベルで集中して魔力を使ったら、せいぜい一日5回程度しか撃てないぞ」
「魔法師二人使って、一日数メートルか……」
ウィルも腕を組んでうなった。
「待て待て、君たちは本当に」
コサル侯があきれたように声を上げた。
「メリダの人々の恐ろしさよ。まさにおとぎの国だ」
そうつぶやくと、真面目な顔でこう言った。
「先ほど採掘技師が言っていただろう。数年はかかると。腹の立つ奴らだが、おそらくそれは事実だ。しかしこのやり方であれば、その期間をもしかして半分以下に減らすことができるのだ。長い目で見たらとても大きなことだ」
「冒険者の人を集めたらいいということだろうか」
ユスフ王子が期待に目をきらめかせた。アレクは首を横に振った。
「残念ながら、魔法師はメリダにしかいないのだ。正直、この若者たちに頼るしかない」
「そうですか。それは仕方がないことです。では、岩を砕き、運ぶ人員を集めることが大切ですね」
「その通りだ。人員はフィンダリア側で集めることとして、帝国のできることは何か……」
アレクが考える。もちろん、労働者を派遣することもできる。しかし、この狭い狭間の中、人数が多すぎてもいけない。しかし開通は早いほうがよい。どうするか。
「コノートさんを」
「え? マル?」
「コノートさんを呼んでもらえませんか」
「下町の元締めをか」
マルが真剣な顔でマッケニーさんにそう言った。コノートさんは帝都の下町の元締めで、魔物肉の料理屋を一手に引き受けてくれている人だ。この国境の町に呼んでどうするつもりなのか。




