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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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アーシュ16歳9の月 自由すぎる人たち

「げ、ジュスト」

「ジュストさん! レイさんも!」


セロは苦々しくそう言ったが、私にとっては師匠でもあるので大歓迎だ。


「一か月ぶりじゃないですよ。ダンジョンがおもしろいからって見送りにも来てくれなかったじゃないですか」

「はは、そうだったかな。でもさ、新しいダンジョンができたんだって? そんなの来ざるを得ないじゃない」


傍らで剣士のレイさんが頷いている。セームで知り合ったこの二人は、結局気が合ってこうして帝国まで来ることになった。


「ダンジョンへの最初の一歩は、俺なんですよね」

「ほう、君がか」


どうだというセロに、ジュストは目をきらめかせた。


「で、どうだったんだい?」


セロはぐっと詰まった。ジュストさんにそんな自慢話は意味がない。名誉ではなく、実を取る人なのだ。つまり、今の自分にとって何が最大におもしろいかということ以外あまり関心はない。


「ダンジョン自体は特に特徴のあるものではなかったです。でも、まだ二階までしか調査していないので、その奥に何階あってどういう作りになっているかはこれから調べることになるんですよ」

「へえ、それはおもしろそうだ」


ジュストさんは狭間のほうに目をやった。


「しばらく、僕とレイが専属で潜ることになりそうだな。僕らなら生活の心配もないしね」


帝国の食い詰め者の冒険者と違って、Aランクのしかも最高の魔法師だ。もう一生遊んで暮らせるほどは稼いでいるはずだ。だからこそ退屈の虫が騒ぐ。未知のダンジョンなど、格好の暇つぶしだろう。


ジュストさんにとっては暇つぶしとはいえ、そうしてもらえたらとてもうれしい。


「もっとも、フィンダリアがどう出るか。アレクとグレッグのお手並み拝見だ」


もう皇弟をアレク呼ばわりだもの。アレクが気さくな人とはいえ。私はセロと目を合わせて苦笑した。


「もちろん、君たちとも一緒にさ。アーシュはわかってる、きっといい魔法師になった。けどセロ、君はどうだい。A級になった君を僕に見せてくれよ」


まっすぐにセロを見るジュストに、セロは背筋を伸ばしてこう答えた。


「もちろんです」


そうだ、こうやってメリダの先輩たちが私たちを引き上げ、育ててきてくれたのだ。ジュストさんはにこりと笑うと、さっそく動き出そうとした。


「じゃあ、行こうか。荷物はどこに置いたらいいかな。ウィルとマルはどうしたんだい」

「いや、ジュストさん、まず今日は顔合わせと」


私があわてて遮ると、少し顔をしかめた。


「いやだよ。僕はダンジョンに入りに来たんだ。少しも時間を無駄にしたくないんだよ」

「いやいやいや、どうダンジョンに入るかみんなと相談をしてですね」

「さ、アーシュ、何でスカートなの。着替えておいで!」

「もう! レイさんも何で剣を腰にさしてるの? え? ダンジョンの入り口は? いや、だから!」


私が頭をかきむしりそうになっているというのに、


「ははは!」


とどこからか笑い声がする。 


「アレク!」

「さすがのアーシュもジュストは御しきれないか」


いつの間にかみんなが集まってきていた。挨拶は終わったようだ。


「すまん、こいつをメリダの外に出すべきではなかったとは思っている。しかし、役に立つことは立つんだ」


グレッグさんがそうみんなに言い訳をしている。そしてジュストさんに向かってこう言い聞かせた。


「ジュスト、効率を考えたら計画をきちんと立てたほうがいい。今日はまずそこからだ」

「仕方ないね、グレッグ。じゃあ僕たちは実働部隊だからさ、先に休ませてもらっていいかい?」


肩をすくめるジュストさんだった。同じ魔法師で同じだけの力のあるグレッグさんの言うことは、素直に耳に通るらしい。


「アーシュ、すまないが」


グレッグさんは私のほうを見た。


「はい、あの、宿泊施設が少ないので、冒険者の方は私たちと同じ、仮の宿屋に泊まってもらうことになりますが」

「構わないよ。食事が出てゆっくり寝られればそれで」

「じゃあアズーレさんのところに案内しましょうか」


私がジュストさんとレイさんを連れて行こうとすると、


「アーシュよ、俺たちはどうなる?」


とアレクが笑い を含んだ声で聞いてきた。アレクはまず話し合いでしょうが。とりあえず、教えてあげた。


「アレクはさ、ユスフと同じところ、元町長の屋敷の二階の左側を使って」


フィンダリア側がざわっとした。ん?


「呼び捨てだと?」

「あのぞんざいな物言い、どういう関係だ?」


あら、まずかったかな。ついいつもの調子でしゃべってしまった。


アレクは大げさに肩をすくめた。


「なんと冷たい。俺もお前たちと一緒で構わないのに」

「あのね、アレクが構わなくても、王族なんだから、フィンダリア側と合わせてね」


私は言い聞かせた。実際、アズーレさんの宿は庶民用だし。


「アーシュよ、一緒のベッドで過ごした間柄ではないか」

「それは!」


具合が悪かった時、みんなで語り合っただけだよね! しかし、周りを見渡すと、口元を手で覆っている者もいれば信じられないという目で見ている者もおり、どういうことかと頭を働かせて交互にこちらを見ている者もいて、天を仰ぐ子羊と好対照をなしていた。


「誤解しないで」


マル! そうだよね! ちゃんと言わなきゃ。


「私も一緒だった」


違うから! そうだけど、違うから! 周りはいっそうざわめいた。


「大丈夫だ」


セロ! ありがとう! セロは私を励ますように力強く頷いてこう言った。


「俺だって一緒だった」


違うから! 余計誤解が深まるから! むしろ婚約者公認とかなっちゃう!


あわあわしている私を見て、


「アレク、からかうのはよせよ」


ウィルがおかしさをこらえた声でそう言った。


「俺の妹たちの評判を落とすのはやめろ。夜を徹してみんなで語り合っただけだろうが。俺もダンもいたし、フリッツさんだって控えてただろ」

「ははは、すまない」


すまないじゃないよ、まったく。冷や汗が出たよ。冗談だとわかって、やっと周りも落ち着いた。


「仲が良くてうらやましいほどだ」


ユスフ王子がそう声をかけて来た。アレクは鷹揚に答えた。


「ユスフ殿、偶然の引き合わせでな。彼らは私の命の恩人なのだよ」

「おお、アレク殿が病に倒れていたというのは真でありましたか」

「もう秘することでもないのでな」

「そんな話もゆっくり伺いたいものです」

「せっかく当事者がいるのだから、あとで皆で語り合おう。しかし今はまず、当面の課題をどうするかだ」

「はい」 


アレクは私たちのほうを振り向いた。


「アーシュは用がすんだらすぐに合流してくれ。私たちは先に兵舎に行き話し合いを始めている」


私は頷き、ジュストさんとレイさんに合図をすると、アズーレさんの宿屋に向かった。


これで肩の荷が下りたと同時に、いよいよ事態が本格的に動き出すのだ。

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