アーシュ16歳9の月 メイドではなく
一階の左側は水回り、では右側はというと、談話室の奥は、続き部屋になっており、大きな両開きの掃き出し窓がある。窓の向こうはテラスになっており、荒れた果樹園が見えた。おそらく、町長の私室になっていたのだろう、ここにはしっかりした机やいす、そして本など、人の気配のするものがたくさん置いてあった。
私たちはその部屋は覗くだけにしてそっと閉めた。続き部屋の奥に小さい空っぽの部屋がいくつかあった。使用人部屋だろうか。
一階を見終わって二階に上ると、談話室の上には明るい続き部屋があり、その奥にはいくつかの部屋がある。食堂の上も同じで、二階は完全に客室のようだ。
「町長しか住んでなくてこの広さって、手入れだけでも大変だっただろうにね」
私がつぶやくと、
「いくら跡を継ぐ者もいないからって、放置していたなんてもったいないわね」
とサラも言う。サラの家も大きな領主館だけれど、そこにはたくさんの人が出入りしていて、どの部屋も使われていたように思う。
「一応お客さんの部屋もあったのよ? でも北の端っこなんてめったにお客様は来なかったから」
そうなんだ。そして狭間が通れない以上、サラは帰りたくても帰れない状態なのだ。
「サラ、帰りたい?」
心ない質問だろうか。でもサラは、
「どうせあと一年は帰らないつもりだったもの。今はアーシュたちと過ごすことが本当に楽しいの」
と言ってくれた。
「さ、お姉ちゃんたち、これからどうするの?」
そんな私たちにヒュレムは焦れたようだ。
「そうだね、兵舎の人たちに頼んで、ここを使えるようにしてもらおうか。ヒュレムの秘密基地もね」
という私に、ヒュレムは、
「何でそんなことをするのさ。秘密基地が惜しいわけじゃないよ? そんなのもっと小さい頃のことだもん。だけど、こんないっぱいの部屋、掃除したってしょうがないだろ」
と首を傾げた。うーん、確かに誰にも頼まれたわけじゃないんだけれど。
「ダン、私考え過ぎかなあ」
「いや、兵舎も狭くて、天幕を張って兵を寝かせてるくらいだろ? 少なくともグレッグさんと冒険者の分くらいは部屋があってもいいだろ。フィンダリア側がどうするかはわからないけどさ」
「そうだよね、グレッグさんはきっと来てくれる。よし、どうせダンジョンに行っていない兵は暇だもの。お願いしてみようっと」
「なあ、アーシュ、あれ作ってくれよ」
「あれ?」
ダンは照れくさそうに鼻の頭をちょっと掻いた。
「うん、ほら、子羊館にあったろ? 雑魚寝部屋」
「ああ、でもねえ、どこの部屋にもちゃんとベッドがあったでしょう」
「一階の部屋にはなかったぜ」
「そんなに作りたいの?」
「だってさ、子羊館に泊まりに行くの、本当に楽しかったんだ」
そうなんだ。
「そうだね、雑魚寝部屋も作ってお客さんが来る前に泊まりに来ちゃおうか、ヒュレムも一緒に」
「俺も?」
「それなら寂しくないでしょ?」
「うん!」
そうとなったら話を進めなきゃ。
退屈していた兵舎の人だけではなく、退屈して手のあいている町の人も、町長の屋敷見たさに屋敷の片づけを手伝ってくれた。
まず井戸をさらって使えるようにすると、兵たちが大きなものを動かしてくれている間に、掃除、洗濯、そして私の持ってきたお風呂の設置。最新のメリダ産だから、お風呂一式には、排水の仕組みもきちんとついていて、今までのお風呂の場所に取り付けるだけでよかった。
乾いた夏の風はあっという間に洗濯ものを干し上げた。家具にかけられていた白いカバーは、ダンの持ってきたわらを敷き詰めた部屋にそのまま移動し、わらの上にしっかりとかぶせる。
「ヒュレム、ちょっと寝てみて?」
「こう?」
ヒュレムは靴を脱いで寝転がってみる。
「うわー、ベッドに寝てるみたいだ。すげー、なんか楽しい」
天井を見上げニッコリするヒュレムの横に、ダンも寝転がる。
「これだよこれ、ベッドと違って低いのがいいんだよ」
その声に兵たちがやってきた。
「なんだ、わらを持ってきたと思ったら、これはなんだ」
「雑魚寝部屋だよ。ベッドだと二つしか置けないけど、こうやるともう少したくさんで寝れるだろ?」
ダンが自慢げに言う。
「なんだよ、気持ち良さそうだな。どれ」
兵たちは次々と横たわる。
「なんだこれ。楽しいぞ」
思わず言う兵たちに、
「な、いいものだろ?」
ダンが頭の後ろで手を組んで、気持ち良さそうに天井を眺める。
「いい」
「いいな」
「ちょっと休憩」
開いた窓から風が入って来る。そのままみんなの目が閉じようとする。
「ちょっとあんたたち! なにサボってるの!」
お手伝いの奥さんたちの声だ。
「やべ、怒られる」
はっと起き上がる兵たちは、奥さんたちに連れられてまた掃除に駆り出されていった。
雑魚寝のよさを知った兵たちは、果樹園の裏にある使用人小屋もわらの寝床に替えてくれ、使うかどうかもわからないながら、一応、なんとか宿泊所の体裁は整ったのだった。
そうして8の月は終わり、いつの間にか9の月になっていた。
今日も今日とて、ダンジョンに意気揚々と行く面々を送りだしたら、私とサラは町長の屋敷でこまごまとした作業をしている。今日はお皿の片づけだ。普段着のワンピースに白いエプロンを付け、頭にほこりよけのスカーフを巻いた私たちは、目も髪の色も違うけれど双子のようだ。皿を洗って片づけていると、ズッという、屋敷の扉を開ける特有の音がした。
「なんだろ、町の人かな?」
「なんだろね」
と言いながらもお皿を拭き上げていく。用事があるなら来るだろう。でも、あれ?
「誰か! いないのか」
大きな声と、たくさんの人の気配がする。私はサラと顔を見合わせた。
「誰か!」
うーん、屋敷には私たちしかいない。仕方ない、行くか。
「はーい」
そう返事をしながら玄関に向かって行くと、ホールにはすでに十数人の男たちが入り込んでいた。兵舎の兵じゃない。少しうす汚れているけど、ケナンのようないい服を着ている。
「お前たち、何ですぐに来ないのだ」
そう偉そうに詰問する男に、私たちは戸惑った。何で来ないって言われても。そもそもあなたたちは誰だ。
「ちっ、これだから辺境のメイドはしつけのなっていない。屋敷の主人はどうした」
はあ、メイドって。何を言っているかわからない私は首を傾げてこう言った。
「ここは町長の屋敷ですが、現在主人は不在です」
「使えぬ! まあいい。休める部屋の用意と、それからすぐに飲み物を持て」
「休めるって……」
戸惑う私たちだったが、その男はうやうやしくまだ少年とも思える若者を指し示すと、
「お前たち、見てわからぬのか! こちらは第二王子であらせられる。お前たちの町のためにわざわざ王都からやってきたのだぞ。みんな疲れているのだ。部屋の用意を!」
と言った。はあ、第二王子? そう言われても、私はそもそもフィンダリアの王族のことをまったく知らなかったことに気づいた。まあいい。誰か兵舎の人を呼んでこよう。
「では今係の者を呼んできます」
「いいから、早く!」
ええ? 私はサラと顔を見合わせると、仕方なくこう言った。
「それでは、お部屋に案内します」
確かに宿は整えたけれども。メイドになった覚えはないのだが。
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