アーシュ16歳9の月 町長の家
一旦魔物がいなくなったら、派遣されて来た兵のやることはない。それでも町や草原の巡回は行いつつ、ダースの救援隊はほとんど毎日ダンジョンで探索をし、少しずつ地図を作っていった。
一方で、私たちが倒しに倒した魔物は丁寧に解体し魔石を取りだしたら、ダンジョンの一階に廃棄専用の部屋を作り、そこに捨てに行く。肉屋のおじさんたちだけではとても扱いきれる量ではない。アラフ隊長に予算を出してもらい、臨時の仕事ということで、町の人を雇い、ついでに経験を積んでもらった。
私はと言えば、この数日の魔物との戦いで、冒険者としては十分戦ったし、それよりも先のことが気になって仕方がなかった。だからダンジョンはセロたち戦いたい人たちに任せて、ひたすらドーナツを揚げて町の人と疲れた兵の安らぎになっているサラの手伝いをし、解体の指導もしながら、町長の館を検分するべく、今ここにいる。
お供はサラとダンとヒュレムだ。要は、定職のない自由な四人組なのだ。もちろん、今日の手伝いは終了している。ダンは物資の手配をしたらとりあえず様子見をしているのだ。
「町長の家かあ。昔から誰も住んでなかったぜ」
「昔からって、ヒュレム10歳じゃない」
「だからさ、物ごころついてからさ」
10歳はこんなだっただろうか。私とサラはちょっとくすくす笑いながら、町長の家を見上げた。兵舎とは町を挟んで反対側にあるこの屋敷は、500人の小さな町の町長とは思えないほど大きいが、たまに位の高い人が来る時のために部屋が多いのだと聞いている。さて、鍵はもらってきた。
町長の家を見せてくれと言ったら、副官は目の下にくまを作りながら、
「ええ? あんたら、そんな場合じゃないんじゃ……。いや、もう、好きにしたらいいですよ」
とあきらめたような目をして鍵を渡してくれたのだ。
開きっぱなしの門を通り抜け、噴水があったであろう前庭を横切る。正面には二階建の大きな屋敷があり、左奥には厩と馬車置き場がある。右奥には荒れ果てた果樹園があり、その奥にはさらに平屋建ての小さな小屋が何軒かある。使用人小屋だろうか。
「あれ、果物がなってる……」
「たまに忍び込んで取るけどさ、酸っぱくて苦くて、母さんは料理に使ってたっけ。『どこから持ってきたのかは聞かないわ』って言いながらな」
乾燥した地帯でとれる果物なのだろう。アズーレさんは結構融通の利く人のようだ。
「その奥の小屋は、俺たちは秘密基地にして、あ」
「秘密じゃなくなっちゃったね」
「お姉ちゃん忘れて!」
秘密基地かあ。私たちの古い教会もそうだった。私はヒュレムのために話題を変えてあげた。
「果物はお茶に入れたらおいしいかもね」
ダンに言うと、
「まさか」
と眉をしかめている。
「でもアーシュの言うことは、無茶に見えてけっこうあたるからなあ。あとでやってみるか」
と言ってくれた。
屋敷はしっかり立てられているようで、人が住んでいないにもかかわらず屋根が落ちたりはしていなかった。雨が少ない土地だからだろうか。
「さ、開けまーす」
大きなカギを回す。ガチャリ。ズッ、と一瞬引きずるような音がしたが、ドアはすんなりと開いた。
「うわ、すげえ」
「うん、意外だった」
きちんと閉じられた扉と窓。真っ白にほこりは落ちているけれど、大きな家具には布がかけられ、かすかにカビ臭いような気がするだけだ。一歩踏み込むとほこりの上に足跡がのこる。でもこれは、掃除をすれば思ったより早く使えるようになるかもしれない。
建物はきれいに左右対称の作りで、一階は玄関から続くホールになっており、正面が階段だ。そこからつながる右の扉を開けると、そこはテラスに続く談話室。一旦ホールに戻って左側の扉を開けるとそこは大きなテーブルのある食堂だ。食堂の奥は大きな台所になっている。
「これ、魔石を使ったコンロだな。ずいぶん古いものだけど、冷蔵庫もオーブンもある。うちで使ってるレベルだぜ。これだけでひと財産なのに、よく誰にも取られなかったな……」
おぼっちゃまのダンがあちこち見て感心している。設備が大きすぎたのかもしれないね。
「そんなにいいものなのか? ただの箱じゃないのか?」
好奇心いっぱいのヒュレムが冷蔵庫をのぞきこむ。
「魔石を入れるとね、動くんだけど、って、魔石もそのままだ。すっかり魔力がなくなってるけど、補充してみれば……」
このくらいの魔石の補充などわけはない。試しに害のなさそうな冷蔵庫の魔石に魔力を注いでみると、冷蔵庫は少しずつ冷え始めた。
「生きてるよ、まだ。これは使える!」
みんなはのんきにダンジョンを探索しているけど、フィンダリアの王都にも帝国にも助けを求めたこと、すっかり頭から抜けているのが気になって仕方がない。もっとも、魔物が思ったより少ないと判断したとき、アラフ隊長にそれほど兵の人数は必要ないと伝令は出してもらってある。
それでも、もし帝国内なら、皇弟のアレクは絶対に見に来たはずだし、少なくとも、危機感のある王族なら自分で視察に来るはずなのだ。フィンダリアの王族に危機感があるかどうかは怪しいけれども。せめてギルド長のグレッグさんが来た時に泊まれるくらいの場所は確保しておきたいではないか。
「ねえ、お姉ちゃん、これ、こうやって持つのか?」
「どれ、あ。オーブンの魔石? ちょっと!」
「こう手に包んでた。何かを注ぎこんで、あ」
「ヒュレム! 手を離して!」
ヒュレムは魔石を持ったままへなへなと座り込んだ。私はヒュレムの手から魔石を叩き落とした。
「お姉ちゃん、なんか力が抜けた」
「バカな子、魔石に魔力を吸い取られたんだよ……」
床に落ちた魔石は、少し魔力を取り戻し、鈍く輝いている。メリダでは当たり前の力だが、フィンダリアでは無用どころか、病をもたらす力だ。やっぱりヒュレムには魔力があったのだ。
「ヒュレム、最近熱が出たりしなかった?」
「うん、俺丈夫だけど、今年の夏前にどうしても熱が下がらない時があった」
魔力熱だ。私は心配そうなサラと目を合わせた。よかったのかもしれない。私がいる時で。あとでアズーレさんとしっかり話をしよう。
「そう、少し休む?」
「いや、大丈夫みたいだ」
「じゃあ、探険を続けようか」
「うん!」
予定外のこともあったけれど、本当に探険みたいで楽しい。驚いたのは台所の外側に井戸があったことだ。しっかりと覆いのしてある井戸はまだ水をたたえ、一度きれいにすればすぐに使えそうだ。
台所の奥にはお風呂があったし、ところどころトイレもあって、トイレも古いながらもメリダ産の魔道具を使った清潔なものだ。
「お風呂だけは新しく設置したほうがいいかな。旧式すぎて、結局お湯を沸かすだけのものだし。ここが整備できれば、アズーレさんに迷惑がかからないかも」
そうつぶやく私に、ヒュレムが眉を下げた。
「お姉ちゃん、うちから出て行っちゃうの?」
「ん? だって、アズーレさん、たくさん世話する人がいて迷惑じゃない?」
もともと体の弱そうな人だ。無理をしているのではないか、心配していたのだ。
「お母ちゃん、そんなに弱くはないよ。特に最近しっかり食べられてるだろ? 今まではどうしてもご飯をちゃんと食べられなかったから……」
それであんなにやせていたのか。
「ヒュレム、これからこのフーブの町は当分人がたくさん来て忙しくなる。アズーレさんが大丈夫なら、宿屋を再開するっていう手もあるし、肉の解体とか、ここの掃除とか、仕事はいっぱいあるよ。ヒュレムと二人でしっかり稼いで、いっぱい食べられるんじゃないかな」
「それでも、お姉ちゃんにもお兄ちゃんにもいてほしいんだよ……」
フーブの町は子どもが少ないようだし、寂しいのかもしれないね。
「早く出て行きたいわけじゃないんだよ。心配しないで」
「うん!」
「さ、もう少し探検しようか」
「行こうよ!」
さあ、残りの部屋はどうなっているだろうか。
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