アーシュ16歳8の月 副官
副官は私たちが兵から聞いたのと同じことを繰り返した。
「国境が通れない状況で私たちができることは、現状維持をして上の判断を仰ぐのみです。もっとも、その現状をこの若者たちはあっという間に変化させたが」
副官はそう言って皮肉げに笑みを浮かべた。不快には思わなかった。その皮肉は副官本人に向けられたものだと思ったからだ。
「この若者たちに引け目を感じることはない。若いがA級冒険者、剣と魔法の国メリダからやってきた者たちだからな」
「メリダ……そのキリクの若者たちもですか」
「そうだな?」
アラフ隊長はウィルに確認した。
「そうです。父がキリクの人でした」
「なるほど」
副官は私とセロのこともちらりと見やると、
「魔法を使っているのも、その、魔法のかばんを使っているのもこの目で見たので、疑うわけではない。もしかして、昨年ここを通らなかっただろうか。その特徴的な色合いに見覚えがあるのだが」
私たちは顔を見合わせた。覚えている人もいたんだ。
「ええ、マッケニー商会と共に」
「やはりな。記憶違いではなかった」
副官はほっとしたように言った。
「では狭間の様子は知っているな」
「はい。馬車二台がすれ違える程度の幅で、垂直に近い壁がかなり続いていたと思います」
「その通りだ。それがどこまで埋まったかによって状況は大きく異なる。少なくとも、こちら側は大きい岩が塞いでいるのは見た。そのあとの確認はできていないが」
副官はそう言った。まず狭間の現状の確認。これがやるべきことの一つ。そして副官は、
「そして魔物だが、正直山肌から少しずつではあっても絶え間なく下りてくる魔物をどうしてよいか、私にはわからない」
と言った。
「ふむ、我らが来たのは主にその魔物の対策なのだが」
アラフ隊長は腕を組むと、椅子の背に寄りかかり、
「お前たちならどうする」
とあっさりこちらに投げて来た。ウィルはまずセロと目を合わせると、頷いてこう言った。
「魔物はだいぶ少なくなりました。魔物に慣れぬ兵でももう対処はできるでしょう。魔物の件でやるべきことは二つ」
ウィルは数え上げた。
「一つ目は町に魔物を入らせないこと。二つ目はダンジョンの入り口を特定し、魔物を外にださないことです」
副官はあっけにとられてこう言った。
「たった二つ……」
「もっと言えば、ダンジョンの調査もしたいところだけどな」
セロがそう口を挟んだ。
「ダンジョンの調査とはなんだ?」
アラフ隊長がけげんそうに聞く。
「ダンジョンにはダンジョンごとの特徴がある。帝国にはスライムが主に出るスライムダンジョンがあるし、メリダには人型の魔物しか出ないダンジョンがある。また、ダンジョンの規模がどのくらいかということもある。ダンジョンの規模によって発生する魔物の数が変わるから、適正な数の冒険者を入れなければならないんだ」
「そう言えば、お前たちはスライムダンジョンで叙爵されたのだったな」
さすがにダースの兵舎にも情報は行きわたったようだ。セロは続けてこう言った。
「フィンダリアにはダンジョンがないし、帝国ですら多くの者が興味がないからな。知らないのも仕方ない。しかし、早急にダンジョンの入り口を見つけたい理由は他にもある」
私も隣でうなずいた。
「魔物が腐る」
「確かに……。しかし、それとダンジョンの関係はなんだ?」
知らないとはこういうことなのだ。
「ダンジョンはほぼ一日で死体を再吸収する」
「死体を、再吸収……」
「だからダンジョンのある都市では、解体後の魔物どころか、町のごみまでダンジョンに戻す」
「解体……」
副官が少し蒼くなった。
「解体して食べる。当然のこと」
マルの言葉に、ついに口を抑えた。あーあ。私はアラフ隊長に聞いた。
「フィンダリアには、魔物肉はないの? 帝国でも高級食材だったよ?」
「我らは帝国との国境沿いだから、話には聞くが、食べたことはないぞ。キリクもわざわざ輸出はしておらぬだろう」
「おいしいのに」
その私の言葉に、
「確かに……」
と副官がつぶやいた。
「君たちは異質すぎる。メリダというのは、本当に人間の国なのか……」
まったく、フィンダリアという国は、本当にしようがないと思う。私は青い顔をした副官の顔の前で、手をパンパンと叩いた。
「何をする!」
そりゃ驚くよね。でも、
「そろそろ目を覚まして! 崩落するわ、魔物はあふれるわで驚いたかもしれないけど、起きちゃったことは仕方ないんだよ。魔物を倒せる人が偶然近くの町にいた。しかもダンジョンと魔物の利用をちゃんと知ってる。そんな人、帝国にだってそういないんだから。どれだけ運がいいと思っているの?」
「この状況を、運がいいだと?」
「だってこの兵舎の人の誰が傷ついたというの? みんな助かったでしょう。飢えて死ぬ前に助けが来て、方向まで示してくれてる。立ち止まってる場合じゃないんだよ!」
「くっ」
副官が悪いわけではない。そもそも隊長の仕事なんだから。でも、今彼がちゃんとしてくれていないと困るんだから。
「ダンジョンはうまく利用したら町を発展させる財産になるの。この事態をうまく収めて、フーブの町のためになるようにしなきゃだめなんだよ」
立ちあがって動かない副官の肩に、今まで黙っていたもう一人の副官が手をかけた。
「すまない、浮足立ってしまって。すぐに落ち着くので、話を続けよう」
そういうと、副官を座らせ、自分も座った。
「アーシュ、お前ダースではもっとしとやかだっただろう。どうしたんだ?」
アラフ隊長がちょっと面白そうにそう聞いてくる。
「町の人が困っていた。動ける力のある人ができるだけのことをする。それだけの事なのに」
私はこぶしをぐっと握りしめた。
「私が怒っていないとでも思っていたの? 魔物がいる中助けに来ても、門も開けない。私たちに声をかけてくれたのは勇気のある子どもだった。全力で助けているのに、可憐だとか、なのに怖いとか、気味が悪いとか、そんな勝手なこと言って怖がっている暇があったら、一歩でも動いたらいいじゃない。でなかったらせめて頭を働かせて! 自分たちの未来のためなんだよ!」
結局のところ、怖いと言われ、気味が悪いと言われ、それで気持ちが切れてしまったのだ。情けないけれど。
「すまなかった」
静かになった部屋に、副官の声が響いた。
「情けない姿をお見せした。心ないことを言って傷つけたことをお詫びする」
謝られたら私が悪いみたいではないか。フンと顔を背けている私の手を、アラフ隊長がポンと叩いた。わかっている。
「謝罪を受け入れます」
「うむ。ではすべきことは、ウィル」
ウィルが立ちあがった。今度こそ、やっと話が進む。やっとだ。
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