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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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アーシュ16歳8の月 兵舎の中に

私たちは、開いた門から何食わぬ顔をして隊長たちと共に兵舎に入っていく。門の中も広場になっており、兵が勢ぞろいして立っているが、全部で30人ほどか、私たちに合流した10人の兵を合わせても、今回救援に来た人数よりも少ないくらいだ。


「国境の町って、こんなに兵が少ないものなの?」


私が兵にこそっと聞くと、


「キリクとは争いなど起きるはずもない。ここにいる兵は、国境の見張りと、犯罪者が他国に逃げ出さないように、そして近くで起きた犯罪の後始末のためにいる。交代で見張りに出る以外はそう仕事もないんだよ」


と、やはりこそっと教えてくれた。それでは町を守る覚悟を持つのは難しいか。


50人も、いや正確には65人も入るとさすがに広場も狭く感じる。向こう側から、50歳前後に見える小太りの人が一歩前に出て来た。


「救援感謝する! 私がキリク方面国境守備隊隊長、ラシュブである」

「歓迎いたみいる。私は帝国方面国境守備隊隊長、アラフと申す。ダースのコサル侯からの派遣だ。早速だが、状況を説明願いたい」

「そ、それが……」


隊長は目を左右に泳がせる。それはそうだろう。引きこもっている間に、魔物はほとんど討伐されてしまったのだから。今の状況だけ見ていたら、なぜ閉じこもっていたのかまったく伝わらないのだから。


アラフ隊長はわからないくらいにため息をつくと、


「差し迫って対処すべきこともなさそうだ。まずは兵を休ませたい。強行軍で来たものでな。その上で対策を考えよう。よければ兵舎の中に案内してもらいたいが」

「わ、わかった。おい、案内しろ!」


ラシュブ隊長の声に、あわてて兵たちが前に出て、ダースの皆を兵舎の中に案内した。特にとがめられもしなかった10人の脱出兵たちも、私たちに目配せすると何食わぬ顔で戻って行った。馬車は別のところに案内されている。


「アラフ殿は別室にて……」

「承知した。ウィル、お前たちもだ」

「いや、待て、部外者は」

「この者たちが部外者だと思うか」


アラフ隊長は静かに言った。


「そちらも何人でもよい。こちらも主だったものを連れて行くので、少し広めの部屋をお願いしたい」


ラシュブ隊長は忌々しそうな表情を目に浮かべたが、すぐに指示を飛ばし、私たちは会議室のような長テーブルのある場所に案内された。すぐにダンやサラも合流した私たちは、副官も入れて10人、向こうは隊長の他に副官が二人テーブルを囲み、さらに壁際に五人ほどの兵が立っている。


「さて、私たちは狭間が崩落して魔物があふれたと聞いて救援に来たのだが、どうやらだいぶ落ち着いたようだな」


アラフ隊長は肩をすくめてそう言った。


「確かに、おとといまでは魔物であふれ、町の者も一歩も外に出られない状態だった」


ラシュブ隊長はそう言ってちらりと私たちを見た。


「しかし、このどこから来たのかわからない者どもと、兵の一部で魔物をだいぶ減らしたというわけです」


少なくとも、私たちのやっていることは見ていたらしい。


「この者たちは、ダースのコサル侯から正式に派遣された先行隊です。まして、ケナン・スナイ殿がいらっしゃる。ご存じだと思うが、王都の騎士隊の副隊長だぞ。なぜそのような物言いをする」


アラフ隊長はいぶかしげに言った。むしろ私たちがひっそりと驚いた。ケナンが王都の騎士隊の副隊長とは知らなかったのだ。


「アラフ殿。知っての通り、帝国との国境守備隊は花形でも、キリクの国境守備隊は辺境の地、退役間近の役立たずの吹き溜まりです。残りは地元採用の兵とも言えぬ兵士ばかり。スナイ家は名前は知っていても、私のようなものには顔すらわからぬ。証明するものもなし、本人の申告だけでは信用するに値しないと判断した」


そうしてラシュブ隊長は私たちのほうを気味悪そうに見た。


「ましてやこの若者たちは何だ。ここらあたりですらめったに見ぬキリクの若者が二人、そして見たこともない色合いの若者だ。この非常時に、おいそれと信用するわけにはいかなかった。この二日間、ようすを見ていたが」


隊長は汗を浮かべ突然立ち上がると、顔を真っ赤にして叫んだ。


「この者たちは魔法を使うのだぞ! 魔物を赤子の手をひねるように狩り、笑いながら兵舎の側に積み上げて行く。確かに町の魔物は減っただろう」


はあはと息を切らし、私たちを指差し、


「この者たちこそ化け物だろう! なぜアラフ殿は平気で側に置く!」


と糾弾した。久しぶりに容姿のことを言われ、ちょっと驚いた私だったが、それよりも目を血走らせて激高した様子はとても隊長とは思えないものだった。それに今私たちがどうかということを話しているのではない。


狭間の崩落と、魔物の根本的な対策を話さねばならぬ場なのだ。


「隊長、落ち着いてください!」


と両側から副官が落ち着かせようとするが、ラシュブ隊長は叫び続けた。


「うるさい! 兵もいうことをきかぬ! こんなところに赴任させられたうえ、面倒事ばかり! 私は!」


どん、と大きな音がした。アラフ隊長が、両手のこぶしでテーブルを叩いたらしい。しん、と静まり返った部屋に、静かにアラフ隊長の声が響く。


「どうやら、ラシュブ殿はお疲れのようだ。部屋で休ませて差し上げろ」


そう言って副官を見た。


「はっ。隊長、一旦休みましょう」

「私は!」

「ラシュブ殿、使いを出して、早急に別の場所に移動できるようにします。お疲れのようだ。あとは私たちがなんとかしますので、まずはお休みを」

「ほ、本当か、この地獄のようなところから出られるのか」

「使いを出しましょう。それまでは申し訳ないが、私がここの隊長の一時的な代わりということでよろしいか」

「ああ、ああ、任せた」

「さ、隊長、部屋に戻りましょう」


副官は声をかけると、壁の兵に合図した。二人に支えられて隊長が部屋を出て行くと、部屋にほっとした空気が流れた。


「アラフ隊長殿、先行隊の若者も、本当に申し訳ない」


副官が頭を下げる。


「もともとやる気のない方でしたが、非常事態にパニックになってしまって、なにも聞こうとしない。なんとか10人ほど兵を募って外に出したが、それしか手伝いができなかった」


この人が兵を動かしてくれたのか。


「では、脱走兵というわけではないんですね」

「もちろんです。隊長は命令無視だと怒っていましたが、正式に辞令が出たことになっています」


私はほっとしてケナンと目を合わせた。よかった。それを聞いてアラフ隊長は何やら考えているようだったが、


「キリクの国境警備隊が、ラシュブ殿の言う通りであることは否定できない。責任は国にもある。役立たずは早く引き取ってもらおう。何やら経緯はありそうだが、まず現状を聞こうか」


と言った。ようやっと先に進める。私たちは何日かぶりに肩の荷を下ろし、ほっとしたのだった。


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