アーシュ16歳8の月 救援
いつの間にか兵たちも加わって、日暮れまで15人で暴れまわったら、魔物はほとんどいなくなっていた。私たちは意気揚々と引き上げ、町に家のある兵士は自分のうちに三人ほどを連れて、私たちはアズーレさんの家に七人を連れて戻った。
ドアを三回叩く。
「お兄ちゃんたち! 遅いから心配してたんだよ!」
「ごめんな、ヒュレム」
中ではヒュレムが心配してドアの前をうろうろし、アズーレさんは料理を作って待ってくれていた。
「アズーレ、すまないが俺たちも泊めてくれないか」
「だいぶ手入れしていないけれど、それでよかったらベッドはありますよ」
アズーレさんはいやそうな顔もせずにそう言う。小さい宿屋とはいえ、二人部屋が二階に六部屋、一階に二部屋あって、ギリギリ15人は泊まれる計算だ。
「まだ片づけていなくてよかったわ。ほこりだらけだけれど」
とつぶやくアズーレさんだが、生きて行くのに精いっぱいで、大きなものを片づける余裕などなかったのだろう。
「料理だって、このくらい平気で作っていたものなのよ」
「覚えてるよ、お母ちゃん。いつもにぎやかだったよね。たまに行商のおじちゃんが飴をくれたりしてさ」
「ヒュレムがちゃんとお手伝いしたからでしょ」
「へへ」
こうして励まし合って、支え合ってきたのだろう。
「そう言えば、お兄ちゃんたちはメリダから来たって言ってたけど、帝国は通ってきたの?」
「ああ、二年間いたぞ」
優しく答えるウィルに、ヒュレムは無邪気に聞いた。
「帝国では聖女様がいらして、病持ちを治してくださるって角のおじいちゃんが言ってた。ほんとなの?」
ウィルはちょっと詰まったが、
「ああ、本当だよ。フィンダリアからも医師が学びに来ていたらしいから、この国でもきっともうすぐ治療が始まるさ」
と返した。
「聖女さまがもうちょっと早く来てくれてたら、お父ちゃんも治してくれたかなあ」
「きっと治してくださったわ。少なくとも、私やヒュレムのように悲しい思いをする人はもうきっといなくなるのよ」
そう話す二人に、私は何も言えなかった。ヒュレムのお父さんがなくなったのは三年前だという。その時ここにいたとしても、何もできなかったのだから。ケナンが心配そうな目でちらりとこちらを見た。大丈夫。
つまり、ヒュレムのお父さんは魔力が多かったということだ。魔力はある程度は遺伝だ。もしヒュレムに魔力があって、それが多かったら。いや、その頃にはこんな小さな町にも、治療の道筋は立っていることだろう。少なくとも、治療のできる町に行くことはできるはずだ。
「明日はダースの救援が来るといいね」
その不安を振り切るように私は言った。ウィルは、
「そうだな。そうしたら一気に話が進む。まずはダンジョンを探さないと。そこさえ止められれば、後は狭間を通すだけだ」
と明るい声で言った。そして私の最初の最悪の予想とは違って、次の日にはダースからの救援はほんとにやってきた。
朝には町にはほとんど魔物はいなくなっていた。目につく魔物を倒すと、私たちは昨日と同じように、そしてもっと早いペースで町の人の水汲みを回していく。お昼にかかろうかというころ、兵一人が声をあげた。
「見ろ、誰か来る!」
「マル?」
目のいいマルが背伸びをする。
「50人ほどの集団。兵。馬に乗っている人数人。徒歩。馬車数台」
それを聞いてウィルが判断する。
「間違いない、ダースからだろう。ケナン! セロ!」
「おう」
「どうする!」
前に出たケナンとセロに向かって、ウィルは、
「迎えに行ってもらえないか」
「徒歩でか」
「いや、角の宿屋に馬がいたろう、それを借りよう」
「兵舎が使えるといいんだが」
「ここにきてもまだ出ないつもりか」
みんなで一斉に兵舎のほうを見たが、門の開く気配はない。
「俺たちになら貸してくれるだろう」
そう言うとセロとケナンは宿屋に走り、すぐ馬に乗って走って行った。馬に乗る姿もかっこいいね!
「アーシュ……」
ウィルが生ぬるい目で見るけど、だって、
「こ、婚約者だし!」
かあっと、自分でも真っ赤になったのがわかった。これ、ものすごく恥ずかしい。もう二度と言わない。セロは恥ずかしくないんだろうか。
「ほ、ほら、そんなところにスライムが」
パシュン。ふう。
「照れながら魔物をやっつけるって……」
「俺、それもいい気がしてきた」
兵たちが何か言っているが、気にしない。
すぐ話はついたのか、セロとケナンを先頭に、警戒しながらもゆっくりと集団は進んでくる。
「隊長!」
「ウィル! 大活躍だったようだな!」
やってきたのは、ダースの兵舎の隊長だった。コサル侯は国境の町で、帝国ともフィンダリアともしっかり連絡を取らなければならない。来れるはずがなかった。
護衛との対決の時から、特にセロとウィルとマルはダースの兵舎の兵たちとはすぐ打ち解けていた。もちろん、隊長も同じで、いつも気さくに声をかけてくれていたのだ。私は? サラとドーナツを売っていました。もちろん、気さくに声をかけてもらっていたよ。
「おーい!」
後ろの馬車からダンの声がする。あ、力が抜けた。
「何でだろう。ダンの声を聞くと、不安が消える」
「マルも?」
「アーシュも?」
私はマルと顔を見合わせた。
「「もう食料の心配をしなくて済む」」
ははっ。収納バッグだって無限ではない。20人近くの食料を提供していたら、不安にもなるよね。馬車には簡易スープもレーションもたくさんあったはずだ。おっとスライムだ。パシュン。
「アーシュ、それがスライムか」
「はい、魔物です。今町にはほとんどいませんが、向こう側の草原にちらほら」
私は隊長に町の国境側を指差した。
「なるほど、あれがそうか」
隊長は目を細めて向こう側の草原を見やった。
「ともかく、この人数に馬だ。魔物がいる中で野営というわけには行くまい。兵舎に行こう」
まずセロとケナンは急いで馬を返しに行った。
「婚約者のお帰りだぜ」
「うるさいよ、ウィル。あ、サラが……」
「え?」
「引っかかった! サラは馬車だもん」
「アーシュ!」
そんな遊んでいる場合ではなかった。まだ問題は解決していないのだ。兵舎の前の広場にでると、兵たちはざわめいた。
「な、なんだあれは!」
「ま、魔物?」
「うっ」
しまった。魔物が山積みだ。
「ウィル、これはなんだ」
隊長はしかめっ面でそう聞いて来るが、
「あ、俺たちが倒した魔物です。収納バッグに入りきらなかったので、仮置き場です」
と答えるしかない。いやみで置いていたなんて言えるはずもなかった。
「町の外に置くとかはできなかったのか」
「昨日まではけっこう魔物がいて危険だったので。それに兵舎からは人も出てこないし、邪魔にもならなかったでしょう」
「なんだと?」
隊長が聞き返そうとした時、ずずっと音を立てて、ずっと開かなかった門がやっと開いた。
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