アーシュ16歳8の月 たどり着いた先は
馬車で二日の国境の町も、馬で駆け抜ければその日のうちにたどりつく。とはいえ、着いた時に疲れていて戦えないようでは意味がない。きちんと休憩を挟みつつ、まだ日の高いうちに国境の町付近までたどり着き、町が見えたところで一度馬の脚を止めた。
「ようすがわかるか」
「ん、町は静か。それに」
ウィルの問いに、一番目のいいマルが目を細めて町のようすを眺めた。
「いる」
「どこら辺だ」
「町の外側に……オーガ!」
「オーガだって! 中級の魔物がか! 他には」
「オーガは背が高いから見つけやすい。町に人は出ていないはずだから、動いている者はみな魔物ということになる。となると、涌きほど多くはないが結構いる」
「兵は」
「見当たらない。というか、国境の兵舎の窓には兵が見える。おそらく建物の中から動きを見てる」
「そうか」
マルの返事に、腕を組むウィルの表情は厳しい。
「おい、どうなっているんだ」
ケナンと護衛が一人、さすがに馬でも遅れずについてきている。
「ケナン、思ったより状況が厳しいんだ」
いつの間にかケナンは呼び捨てになっていた。
「厳しいとは?」
「思ったより魔物が多い。夕暮れまでに少なくとも兵舎までの魔物を倒さないと、俺たちが兵舎に入れず、夜危ない。しかし、魔物が多く、しかも国境の兵がほとんど役に立ちそうにない」
「そうか」
「この状況だと家に閉じこもっている人たちは、水や食料が足りなくなってきてるんじゃないのかなあ。もう丸二日たつよね」
私は心配になった。メリダも井戸中心だったが、魔石水筒が普及しているから、家の中に結構備蓄があり、しかもいざとなったらカップ一杯分位の水はどんな人でも魔法で出せた。もちろん、帝国もフィンダリアも水道は普及しておらず、町の庶民は共同井戸から水を汲み置きする形だ。家から出られないのは結構きついのではないか。
「悩んでいても時間が過ぎるだけだ。とりあえず、今日は兵舎に入れてもらうことを目指そう。涌きと違ってまとまっていないからかえって戦いづらいな。兵舎までの魔物を集中的に整理して、明日、兵舎の兵と共に本格的に戦うのがいいだろう」
セロが方針を決めた。ウィルはうなずくと言った。
「じゃあアーシュ」
「わかった」
こんな時こそ遠距離攻撃のきく魔法師の出番だ。私は馬から下りると、ウィルと前に出た。
「ちょっと待て! まさか女性を前に出す気か!」
ケナンもあわてて馬から下りてくる。ウィルが、ああ、という顔をしてこう答えた。
「女性だからとか、そういうことではなくて、適材適所、ってこと。とりあえずあんたは魔物との戦いのやり方を知ったほうがいい。俺たちの後ろをついてきてくれ。護衛の人はここでみんなの馬を見ていてくれると助かる。帰りが遅いと思ったら、迷わず遠くへ行っておいてくれ」
「しかし」
「まあ、心配するな。どこの世界に妹や婚約者に無理をさせるやつがいる。大丈夫だ」
そう言うと、すぐに前を向いた。そのまま静かに町に近づいていく。もちろん、すぐ後ろをセロもマルも、ケナンもついてきている。魔法の攻撃が確実にとどく距離は案外短くて、30メートルほどだ。そのくらいになれば、魔物でも気づく者もいて、ダンジョンではなく開けた場所で戦うのは結構厄介だ。
だからとりあえず兵舎に直線上に進みながら、魔物が単独、あるいは数体しかいないところを狙い、私とウィルの魔法で減らしてからセロとマルが戦うという仕組みだ。
もちろん、スライムなどは見つけ次第炎を打ちこむ。
「なんてことだ……」
ケナンは初めて間近で見た魔物にも、魔物を焼く炎の魔法にも、驚きを隠せなかった。それでも、セロとマルの戦い方を見て、しっかりと剣を振るって行く。
「スライムはいい。このまま草原の栄養になる。でも魔物たち、ダンジョンじゃないから吸収されないよね。このままにしておいたら……」
私は気がかりだった。ダンジョンがきちんと整備されていないところで魔物が出るということの大変さをわかっていなかった。ウィルが周りを見渡して言った。
「いずれ草原の獣が集まって来るが、これだけの量、食べきれるわけもない。腐敗がひどいだろうな」
「とりあえず、収納バッグに入れておくにしても、解体せずに入れたら全部は無理。解体しても死体は残るし」
「まあ、腐るものが少し減るだけでもいいだろう。できるだけバッグに入れて行こう」
「わかった」
町の外にまで出てきている魔物を倒しつつ、ほぼ町にたどりついた。町の中の魔物はそれほど多くない。各通りに一体か二体、そしてスライムが何匹かいるくらいだ。兵舎は町の向こう側、国境の近くにある。大きくない町だから、魔物を倒しながら行けばすぐにたどりつく。
町に残っている人もいるようで、通り沿いの二階からは人がようすをうかがっているのもわかった。
「目につくところは減らせたな。このペースで行けば、明日兵と一緒に戦えば魔物はだいたい始末できるだろう。涌きほど魔物がいなくてよかった」
ウィルが汗をぬぐいながらそう言った。もうすぐ日が落ちる。慎重に進んでいたせいか。思ったより時間がかかったが、やっと兵舎にたどりついた。閉ざされた門に向かって、ウィルが叫ぶ。
「ダースの町から派遣されて来た! 門を開けてくれ!」
ダースとはコサル侯のいた町だ。返事はない。ウィルは眉をしかめた。兵舎の前は広場になっている。遮るものは何もない。門を開けてもらわなければ、魔物に囲まれかねない。現に町のほうから、一体魔物が歩いてきている。私とセロとマルは、門のほうに背を向けて、警戒に当たる。一方、ウィルは反応のない門に焦れてケナンに交代した。
「ケナン、頼む」
「承知した。おい!」
ウィルに代わってケナンが声を張り上げる。
「私は西領の領主三男、ケナン・スナイである。北領の領主からの派遣で先行している。門を開けろ!」
その声でやっと動きが起きた。門の上から、
「すみません、門を開けるなという隊長の指示で」
と声がした。
「支援を要求したのはその隊長だろう!」
「隊長に報告はしています。しかし、来たのはたった5人、しかも若者だけ、そのためにここで門を開けて魔物を入れる危険をおかすことはできないと。ひっ」
ザシュ! とセロが門の近くまで来ていた魔物を切り捨てた。
「ばかな。門を開けた一瞬くらいでどこに魔物が入る余地がある。それならそこの通用口を開けろ」
「無理です。隊長の指示なので」
「バカな。我らがどうなってもいいのか」
「町の外で待機していてください。そこにいたら魔物を引き寄せてしまう! そしてダースの兵と合流してまた、うわっ」
ザシュっと、またセロが魔物を倒した。
「おい!」
「ケナン、もういい」
「しかし!」
「あんたの地位を聞いてもダメだった。いったん引く。魔物という未知のものがこれほど人の心を荒ませるとは思いもしなかった」
「くそっ」
あきらめたウィルの声に、ケナンはこぶしを腿に打ち付けた。セロが剣を構えながら言った。
「空家か教会でもあれば、そこに潜りこむのも手だが、探すのもひと手間だ。このようすじゃあ、一旦草原に戻って町から少し離れた方がいいな。よし、来た道は魔物が少ないだろう。一気に戻るか」
「それしかないな」
仕方がない。戻ろうとした時、子どもの声がした。
「お兄ちゃんたち、こっちだよ!」
広場の端に子どもが立っている。
「なんてことを! 戻れ!」
セロが叫ぶ。しかし、子どもの声に広場の魔物はゆっくりと向きを変えた。
「まずい!」
10月12日2巻発売記念更新9日目?そろそろあやしくなってきた……
同日電子書籍1巻も発売です!




