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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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256/307

アーシュ16歳8の月国境の町

帝国の学院を卒業したアーシュ、マル、セロ、ウィル、ダンは、サラと共に、ついにメリダで夢見たフィンダリアへ向かう。その道中の話。

宿屋でちょっと若さをからかわれたけれど、もう二日もすればフィンダリアに入る。次の日も宿に入った時、ウィルとマルがセロの前に仁王立ちをしたため緊張が走ったが、セロも今度は文句を言うこともなくダンと二人で部屋に行った。


もっとも私にちらりと視線をよこして目元を少し緩めた。ちょっと雰囲気の変わったセロにはほんとにドキドキさせられる。


「面倒かけるなよ、まったく……」


ウィルがやれやれという態度でそう言った。


「ウィル、お疲れさま」


私がくすくす笑いながら声をかけると、


「ほんとだよ。やっと自由になったからってまったく。アーシュもウキウキしない!」


とウィルが答え、


「私だって離れ離れなのに、セロだけ許さない」


とマルも言う。


「お前、そっちか! いいんだぞ? 早く草原に行っても」


ウィルの目が優しい。


「でもアーシュともう少し一緒にいたい」

「やれやれ、アーシュ、もうちょっと付き合ってくれよ」

「もちろんだよ」


いつだってウィルはマルが大事なのだ。


そんなほのぼのとした移動の日々、ダンは一人駆け回っていた。私たちが目指すのはフィンダリアのマリスという町だ。帝都から国境まで馬車で一週間、そこから三日ほど西に向かい、海に突き当たったところにある、キリクにも帝国にも近い、温暖な土地だ。そこからフィンダリアの首都まで五日間、もともと保養地のような土地である。


花やハーブの栽培が盛んで、特に菜の花のような二ーナが春に咲くさまは、春の緑に黄色いじゅうたんを敷き詰めたように美しいと言う。急いで何かをしたいわけではないけれど、宿の候補地の一つとして見ておきたかったのだ。


そこを手始めとして、フィンダリアをゆっくり巡るつもりだった。もちろん、途中でナズのところにも寄るつもりだ。


しかしダンは、


「ゆっくり見て回っている間にやるべきことがある」


と言って、土地の視察に余念がない。商業ギルドに寄って土地の価格を確認したり、町を見て回ったり、町の外まで見て回ったりしている。私たちは町を観光しながら、やるべきことのない旅を楽しんでいる。ダンジョンもない国に向かい、学生でも冒険者でもない、のんびりした旅だ。もっとも、朝の剣の訓練は欠かせない。


出発から一週間、国境の町で簡単なチェックを受けていよいよフィンダリアという時のことだ。春はフィンダリアには来なかったサラは、興味しんしんで先を眺めていたが、


「あれ、何かしら」


と声をあげた。あれって何? 私たちも眺めると、誰かを待っているであろう迎えの人たちが見えた。なぜ目立ったかというと、とにかくいいものを着ているから。というか、貴族なんだろうなあ。国境を越えようとしている人たちも興味深げに眺めている。


「面倒事の予感がする」


セロが珍しくいやな顔をした。そんなセロにウィルが答えた。


「はっ、リカルドもジュストもいやしねえよ」

「ジュストはいるだろ。さっそくダンジョンに行っているだけで。まあ、どうもこういう場所でいいことがあったためしがないからな」


セロも取り越し苦労だとは思ったようだ。春に来た時は、身分証明の紙を出して受付がチェックすればそれでおしまいだった。しかし、


「アーシュマリア様、マーガレット様御一行様、少しお待ちくださいませ」


と言うと、受付の人が誰かに指示を出し、私たちは別室に案内される羽目になった。


「ほらな?」

「少なくとも、変な大人にからまれたわけではないだろうが」


セロとウィルがぶつぶつ言っている。サラが少し不安そうだ。やがて現れたのは、二人の身分の高そうな大人と、ナズのお父さんだった。ナズのお父さんは硬い表情だ。不審な表情ながら、立ちあがって出迎えた私たちに、三人は略式ではあるが貴族同士の者に対する礼を取った。なんだ。私は眉を少ししかめた。春にはこのようなことはなかったではないか。


「ようこそフィンダリアに」


そう言う二人は、一人は30代の後半だろうか、落ち着いた雰囲気の男性と、もう一人は20代半ばの男性だ。それぞれ、赤毛の帝国の人たちと違って、ナズと同じように優しい色合いの金髪と目の色をしている。


「歓迎ありがとうございます」


ダンが代表して答える。しかしそれ以上何もいわずに、相手の出方を待っている。30代の男性は、このように自己紹介した。


「私はフート・コサルという。フィンダリアの北部を預かっている。こちらは」

「ケナン・スナイ。西部を預かるスナイ家の三男です」


つまり、北部の領主様と、西部の領主様の息子が直々に来たということだ。そんな人たちがなんの用事か。ダンはナズのお父さんの方を見たが、表情は硬いままだ。両者の緊張を和らげるようにコサル侯は微笑んだ。


「率直に言いましょう。ここ二年程の帝国の動向の大きさはフィンダリアも他人ごとではなかった。その出来事の真中には常にメリダからの留学生がいた」


私たちは目を見開いた。帝国にいて、帝国の中のことで精いっぱいで、それが外の国にどう見られるかなど考えたこともなかった。


「その留学生が、帝国貴族として叙爵されたことも驚きだったが、その当事者が、学生という枠を離れてフィンダリアへとやって来る、これはフィンダリアにとってもただ事ではないと、そういうわけです」


本当に率直だった。


「特にアーシュマリア殿、領地は持たないとはいえあなたは私と同じ侯爵だ。また、マーガレット殿はキリクの皇太子の婚約者ということになる。またウィル殿は次期部族長候補と聞く。サラ殿は部族長の娘、残りもすべて爵位持ち」


コサル侯は一息ついた。


「春には学生が友だちの家に遊びに来るという体裁で干渉はしなかったが、もはや学生という縛りがない以上、帝国貴族とキリクのいわば貴族に当たるものが勢ぞろいしてフィンダリアにやってくるなど、今までになかったこと。ましてやアーシュマリア殿は聖女と呼ばれるお方。その意図を直接伺い、希望にできる限り添えたらと、そのようなわけです」


聖女って。私は一瞬ぽかんと口を開けていたと思う。マルに肘でつつかれて、あわてて口を閉じた。


「お話をうかがってからではありますが、フィンダリアには不慣れでしょうから、是非このケナンをお連れください」


驚いている場合ではなかった。聖女というところが問題なのではない。要するに、監視を付けるから勝手なことをするなと、そういうことか。


祝! 2巻発売10月12日です! 少し成長した子羊をよろしくお願いします!

記念にお話を少し進めます。


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