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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国の先に子羊が見るものは編

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セロの限りなくグレーな日々2

セロを書くとこのように限りなく黒に近いグレーになります。

遠くへという俺の希望はともかく、冒険者になった俺たちはまず強い大人にならなくちゃ話にならない。


悩みながらも、仲間と一緒の毎日がどんなに楽しかったことか。一度は分かれたザッシュだって、すがりついてみなければ俺と同じ、仲間がほしくてただ守り切れずに苦しんでいただけの子どもだった。そしてその仲間に、俺もアーシュもウィルも、マルでさえちゃんと入っていたんだ。


メリダでは、成人は14歳。これは大人になったということではなく、大人として行動しろという目安なんだ。もちろん、酒も解禁だし、結婚だってしようと思えば許される。生き急がなければならなかったアーシュの父さんや母さんのように。でも実際の俺たちは、まだ成長期だ。普通はだいたい成長が止まる18前後までは結婚はしない。


じゃあ、大人ってなんだろう。


俺は、境い目を越えたときだって思うんだ。求める気持より与えたい気持ちのほうが多くなった時、それが境い目だ。


それに気がついたのがシースの町だった。初めて仕事を離れて4人で行った町がシースだ。海の町。港の町。そしてダンジョンの町。誰も子羊なんか知らない。俺とウィルは、11歳の妹を連れたけなげな13歳の孤児、そして冒険者にしかすぎなかった。


自立してお金を稼ぐ、もうすぐ成人の冒険者だ、俺たちは。それでも町の人は、大人も子どもも俺たちを子ども扱いして、大事にして甘やかす。それで気づいたんだ。子羊だの、ギルドからの依頼だの、宿屋のおかみだの、そういうラベルを俺たちから引きはがしてみても、メリルの町でだって、俺たち大事にされてたじゃないかって。生きるのに必死で気づかなかっただけだ。


アーシュが来る前、マルがぐずった時は、一人しか解体所で働けないこともあった。それも数時間だけだ。確かに解体所には仕事が多い。しかしやせ細った子どもが毎日気まぐれで働くのが、そんなに解体所の役に立つわけがないんだ。


教会だって、人がいなくなってから何年もたっていた。それなのに、馬もいないうまやに、わらが腐りもしないで新しく、しかも大量にあったのはなんでなんだ。


俺たちが買うパンは夕方なのに必ず余ってて、心なしか大きかったのも。


シースで、まるで何年か前のザッシュのようにがんばる孤児たちと、周りで歯がゆい思いをしている大人たちを見て、それに気づいたんだ。


俺たちは彼らを見て、してあげられることはないかとそればかり考えていた。そして周りの大人の目も同じだった。その時、俺たちは境い目を越えたんだと思ったんだ。子どもから大人への。


与えられるのを待つ自分から、誰かに何かを与える自分に変わった時、それは自分が自由になるということだった。何も待たなくていい。ほしければ自分の思う通りに動けばいい。


ではアーシュのことはどうするんだ。


俺はアーシュがほしい。離すつもりはこれっぽっちもない。


そんな俺をどうするかは、アーシュが決めればいい。


アーシュは本当にやりたいことがもしかしたらないのかもしれない。だからあんなにしっかりしているように見えても、実は人の思惑に流されて生きている。だけど、それがアーシュなんだ。おそらく、親がいた時からすでに与える側に回っていたんだろう。


少しの間も、この手から離したくないと思っていた。それは、一度離したらもう取り返せないかもしれないという恐怖からだった。修業のために、少しの間離れるのは大丈夫だった。だって、メリルには俺の代わりにアーシュを逃がさない、いや、守ってくれるやつらがたくさんいるからだ。


でも今ならどうだろう。俺が動いている間に、アーシュも動く。離れていても、別々のことをしていても、俺たちは同じ方向を向いて、同じ側に並んで立っていられるんだ。なんの不安がある。俺はようやく落ち着いた。


しかし、今度は別の問題が出てきた。


アーシュが荷物持ちになって、人前に出るようになってから、うるさい羽虫が涌くようになった。


だってわかるだろう。ただでさえ女の少ないギルドに、長く濃い金髪のすらりとした少女に目を引かれると、隣にやわらかい黒髪の優しげな少女がいる。飴がとけたような琥珀色の瞳は少し垂れていて、誰だって手を伸ばしたくなる。それが冒険者らしいチュニックに、ポーチと短剣を腰につけて、一生懸命背筋を伸ばしてさ。


それなのにアーシュは、荷物持ちとして連れて行ってもらえなかったらどうしようっていつも不安なんだ。いつだって争奪戦なのに。


それでも、荷物持ちとして一度でも連れて行ったことがある冒険者は、浮わついた気持ちを持つことはやめてくれる。アーシュもマルも真剣だからな。それでも浮わついているやつらは黒羊が潰す。これが案外おもしろいんだが、それはまあいい。


問題なのは、孤児で身寄りがない、なのに可憐だというラベルでしか見ないやつらだ。アーシュの母さんの苦労がわかるよ。そいつらにとっては、俺はアーシュを縛り付けて働かせている悪者なのさ。


ならば悪者でいい。アーシュの周りに涌く羽虫にとって、最悪の悪者であるためにも、俺は力を付ける。メリダの誰よりも強く。


そして帝国の誰よりも強く。


そんなことを考えて突っ走ってきた俺は、帝国どころか、いつの間にか行きたいと思っていた最後の場所、フィンダリアの目の前まで来ている。


なぜか帝国の病の治療に関わってしまったアーシュは帝国でも巻き込まれて大変だったが、俺は帝国でも羽虫を払いのけつつ、ちゃっかり力を付けて来たんだ。


子羊の中でまずマルが嫁ぎ、ウィルが領主見習いになり、ダンが商売に駆け回り、やがて俺とアーシュだけの未来が来る。やっとだ。



だから、ちょっとくらいフライングしてもいいだろって、そう思っちゃったんだ。だって手を引いてもアーシュはためらわなかった。婚約者だからって言っても、頬を染めるだけだった。ウィルがなんか騒いでるけど、知るもんか。


でも、階段の途中でのぞきこんだアーシュの瞳には、信頼しか見えなかった。反則だろ? 不安に揺れてたら、すぐにでも部屋に連れて行けたのに。


まあいい。旅は始まったばかりだ。


メリダのやつらからも、帝国のやつらからもやっと離れたんだ。俺が来たかったどこか遠くへ、やっとたどり着く気がするんだ。俺の前に、世界は広々とそこにあり、手を伸ばせばきっと届く。そして隣にはアーシュ、君がいる。



10月12日、アリアンローズさんより『この手の中を、守りたい2~今度はカフェにいらっしゃい~』が出版です。今度のおまけは5千字ほど、がっつりアーシュとセロのお話を入れてます。よろしければ、どうぞ!

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