セロの限りなくグレーな日々1
感想でセロ視点の希望があったので。2話、今日とたぶん明日、投稿します。
「あー、お客さん、この宿ね、三人部屋がないんだよ」
宿のおじさんの言葉に、チャンスだと思ったんだ。
☆ ☆ ☆
遠くに行きたかった。いつも。遠くと言うのが何かもわからないまま。ただ現状から逃げたかっただけなのかもしれない。アーシュはメリルは優しい町だと言う。でもアーシュが来るまでのメリルは、俺にとってはちっとも優しい町じゃなかった。
ウィルとマルと三人で教会に分かれた時、思ったのは「追い出された」だった。別に他の孤児とだってたまたま一緒にいただけで、まとまっていたほうが都合がいいという、それだけのことだった。今思えば自分から親しくなろうともしていなかった俺は、身勝手にも仲間として大事にしてほしいと思っていたらしい。一番大きいザッシュだってその時11歳に過ぎなかったのに。
大人なんて、もっと相手にもしてくれなかった。
救いだったのはウィルとは気が合ったことだ。人に興味がないのは兄妹とも一緒だったが、それでも一緒にいる妹のことはよく見ていたし、俺のことだってしっかり目に入っていた。二人と一緒にいると、大勢の中の一人じゃなく、三人の仲間の一人って思えたんだ。
けど、わらの中で何も抱きしめるものもない俺は、いつも空っぽだった。
だから小さい君が来た時、アーシュ、俺はこれ以上人が増えたら苦しくなるってわかってても、絶対手に入れたいと思ったんだ。
わらの中でおずおずとほほを寄せる君のなんと愛らしかったことだろう。このぬくもりを手放さないためなら、いくらでも働いてやるって、そう思えたんだ。
次の日の朝、マルが心配で何度も振り返るウィルと解体所に行って、気がついたら一日たってた。マルを心配しないで働けた俺たちは、二人で1200ギルも稼いでいた。これでアーシュの分のパンも買える! しかも一人3個もだ、って思った。二人は解体所まで迎えに来てくれていた。お迎えだぜ! 俺だけのための! いや、ウィルもいたけどさ。でも、アーシュはパンは2個でいいっていうんだ。お金は少し残せって。
そして教会にはかまどができてた。魔石コンロがなければ、火なんか使えないって思ってたんだ。おかしいよな、俺たち小さいころから魔法が使えて、炎だって出せるのに。それを自分が食べるために使うなんて、思いもしなかったんだ。
お湯って温かいのな。パンだってお湯と一緒なら、もそもそしないで食べれるんだ。
温かいままぐっすり眠った俺たちはいつもより少し早起きできた。そんな俺たちに、アーシュは草刈りをさせ、小枝を拾わせた。これで毎日お湯が飲めるなら大した手間じゃない。そしてパンを一個丸々食べようとした俺たちを止め、半分お昼にするように言う。一日一個のときだってあるんだから、食べられる時に食べたほうがいいのに。お昼ならいっつも我慢してる。
でも、お昼になってウィルと隣り合ってパンを食べた時、ああ、今までお昼にお腹が痛かったのは、お腹がすいてるってことだったんだって初めてわかったんだ。だからパン半分ではもちろん足りなかったけど、午後からはぼんやりせずに働けたと思う。そうしてその晩は、アーシュがスープを作ってくれたんだ。味があるって、温かいって、そしてお腹が一杯ってどういうことかをアーシュは教えてくれた。それから毎日がどんどんよくなっていったんだ。
毎日お腹いっぱい食べれて、笑いあえる仲間がいる。もうこの腕の中は空っぽじゃない。そんな俺たちは、明日のことだけでなく、一ヶ月後のことも、二年後のことも考えられるようになっていった。
俺とウィルはやせてるけど背は高い方だった。アーシュに身ぎれいにさせられると、ウィルの金と俺の銀の色合いは目立つらしく荷物持ちとして毎日誰かに連れて行ってもらえた。小さい魔物を倒すのもおもしろい、訓練もおもしろい。食べて訓練すれば体が動くようになる。そして稼いだお金をアーシュに渡せばそれが魔法のように、おいしいご飯になり服になる。
そうして暮らしているうちにわかってくる。食うために始めた荷物持ちだけど、冒険者になるということが現実に見えてきたんだ。冒険者は入れ替わりが激しい。メリルに定住してがんばる剣の師匠のような人もいるが、若い奴らはたいていしばらくすると他の町に行く。ダンジョンは町によって個性があるし、飽きたら他の町に行くんだってさ。つまり、冒険者になるってことは、遠くに行けるってことなんだ。
遠くに行けるんだ。出たくても出られなかったこの町から、たった二年頑張るだけで自由になる。俺のアーシュを連れて、四人で。
でも、違ったんだ。アーシュは。
「宿屋をやりたい」
って目をきらきらさせてる。宿屋をやるってことはさ、アーシュはついてこないってことだ。俺は混乱した。外へ行くんだ。けど、外に行ったらこの腕のぬくもりはどうする。遠くに行って、また空っぽを抱えて生きていくのか。いやだ、でも、遠くへ行ってみたい!
その混乱はアーシュに向かった。何で俺が悩まなくてはいけないんだ。アーシュが、アーシュが俺の言う通りにすればいいんだ!
アーシュはついて来るって言ってくれた。一安心だ。
けど、アーシュを必要とするのは俺だけじゃなかった。
アーシュには力がある。親が大事に育てたからだろうか。生きるってことに知識があるんだ。それは俺たち四人のためだけにとどめておけるものではなかった。
次第に周りの大人たちも、アーシュの力を利用し始めたんだ。アーシュはもちろん断らない。俺についてきてくれるって言ったのと同じだ。
じゃあ、アーシュを言う通りにしたい俺はどうなんだ。周りの大人と一緒じゃないのか。
そんなアーシュを毎日見ているうちに、俺が遠くに行きたいように、ウィルが強くなりたくて、マルも剣がやりたいように、アーシュだって好きなことをするべきなんだって思えてきたんだ。
でもアーシュは宿屋もあっさり手放した。それは俺との約束を守るためでもあったけれど、アーシュがほんとにやりたいことじゃなかったんじゃないかって気がする。自分のことはどうでもいいアーシュ。
自分の夢もあきらめられない、アーシュを手放しもできない、俺はどうしたらいいんだ。
10月12日、アリアンローズさんより『この手の中を、守りたい2~今度はカフェにいらっしゃい~』が出ます。王都で学院に行き、子羊亭を立ち上げ、メルシェやシースやナッシュに行き、時には困難にも出会う、「子羊、メリルを飛び出す」巻です。1巻から引き続き、よろしかったらどうぞ!




