アーシュ16歳8の月フィンダリアへの旅路
後に恋愛タグ、本領発揮。
卒業式を終えた7の月、帝都の屋敷をマッケニー商会に預け、私たちはフィンダリアへ向かった。帝都の屋敷は、キリクの人、それからメリダ関係の人ならだれが泊まってもいいようにしてある。
この先一年がみんなで過ごす最後の年になるかもしれない。とりあえずフィンダリアに行く以外に何も決まっていなかった。
メンバーは、子羊五人にサラだ。
サラは今年の春に、セロとウィルと一緒にシュレムの町に出かけてから、だいぶ打ち解けるようになった。キリクの人たちから完全に離れたことで、萎縮するものが何もなくなったのがよかったらしい。それでも静かなサラに、私たちは無理に話しかけたりはしない。
仲良くしようとすることは、無理させることには違いないからだ。いつか自然に、仲間が6人と言えるようになっていたらいい。いや、オーランドも入れて7人? ダンに婚約者ができたら? 8人? ああ、先のことすぎて考えられないや。私はクスッと笑った。
「どうした、アーシュ?」
「ん、先のこと考えてたの。ダンの婚約者とか」
「それは、うーん、先のことだな、きっと」
そのダン所有の馬車の御者台でセロが苦笑いする。春のフィンダリアでは、ダンにそんな気配がないこともなかったけど、騒ぎ立てるほど育たなかった。それこそ、そんな場合でもない。この旅は、ダンの新しい馬車の試乗でもあるからだ。
「馬車の取り回しはどう?」
「うん、8人乗りとは思えない。馬車全体が軽いし、左右にもよく動く」
そう答えるセロに向かって、馬車の中から声がかかる。
「だろ? メリダで父さんが作ってた馬車により工夫を凝らしたんだからな」
ダンが自慢げにそう言う。馬車の中はゆったり二人で座れるベンチシートが四つあり、収納バッグが置ける棚がついているだけの簡単な作りだ。しかしシートにはしっかりつめものがしてあり、シートを動かせば二つ分の簡易ベッドができる。一方、石畳の揺れが馬車に伝わらないよう、メリダならではの工夫があるらしい。魔法道具についてはさっぱりわからないが。とにかく乗り心地はよい。
それでも帝国からフィンダリアまでの街道には折々に町があり、無理な日程を立てなければとりあえず宿屋はあったので、このベッドを試してみたことはまだなかった。
そんなのんびりした旅の、帝国を離れて5日目のことだった。いつものように、馬車を預けられる宿をとる。
「三人部屋、二つで」
ダンがそう言うと、宿屋のおじさんが困った顔で言った。
「あー、お客さん、この宿ね、三人部屋がないんだよ」
「そうか、じゃあ」
「あんたたち六人かい?」
ダンが言いかけたところをおじさんはさえぎった。
「悪いんだけど、一人部屋も埋まっててね。二人部屋三部屋ならなんとか用意できるけど」
ダンはこちらを見た。私たちはいいよとうなずいた。
「じゃあ、それでお願いします」
「あいよ、夕ご飯はもういつでも大丈夫だから」
と鍵を三つ置いてくれた。
「さて」
さあ、部屋割だ。するとセロが私の手を握った。ん?
「どうするか、え、おい、セロ?」
ダンがまだ話している間に、セロは鍵を一つ手を取ると部屋番号を確かめ、
「二階だな」
というとそのまま階段に向かった。私の手を引いたまま。ん?
階段をのぼる。
「まて、おい待てセロ!」
「なんだ?」
セロは声をかけたウィルに向かって振り向き、いぶかしげに答えた。
「なんだじゃねえよ。アーシュをどこに連れてくつもりだ?」
「ん、部屋?」
「だ、か、ら!」
ウィルが疲れたように言った。
「二人部屋って言ったら、俺とマルが一緒で、後はセロとダン、アーシュとサラだろうが」
「チッ」
チッていった。セロが。私は思わずセロを見上げた。
「別にいいだろ、婚約者なんだし」
こ、こ、婚約者、はい、そうでした。婚約者だから一緒の部屋、はい。あれ、いいのかな。ボン、と顔が赤くなった。
「ばーか、お前、誰が許しても俺が許さねえ! もどれ、セロ、部屋割の仕切り直しだ!」
怒るウィルに私はセロの手を引いた。
「セロ?」
「アーシュ……」
セロは引きとめるみたいに私の手をぎゅっと握ると、しかたないなあというように口の端を少しだけ上げた。うん、わかってたよね、無理だって。最初から。
私たちはくすくす笑いながら階段を下りた。手はつないだまま。
「まったく、アーシュ、お前も簡単についていかないの」
下りてくるとウィルに怒られた。
「だってセロなのに」
ちょっと口をとがらすと、
「セロだから! むしろセロだから!」
とますます怒られた。
「ダンも少しは怒ってくれよ。俺だけ三人妹がいるみたいだよ……セロが味方どころか敵に回ってるし」
「そうは言ってもなあ」
ダンは苦笑してセロを見た。気持ちがわかるって?
「むしろマルとサラに頼めよ」
ダンがそう言うと、
「任せて! アーシュをセロになんか渡さない!」
「ま、任せて?」
とマルとサラがそう答える。
「まずはその手、えい!」
「「あ」」
セロとつないでいた手がマルに離された。ちょっとさみしい。
「あーあ、さっきまで御者台で隣り合ってたろ? もういいだろうよ、まったく」
ウィルはあきれたように言った。
「そんなにセロがアーシュといたいんなら、俺だってサラと同室にするかな」
「え?」
ボン、とサラが真っ赤になった。
「「ということは?」」
ダンとマルが顔を見合わせた。
「ないな」
「ない」
ダンとマルは鍵を取ると、それぞれセロとウィルを引っ張っていった。
後に残るのは?
「サラ、まだ真っ赤だよ」
「アーシュだって」
二人で頬を押さえてため息をつく。男の子って。
「若いねえ」
って、ほっといて、宿のおじさん。もう。
2017年7月12日、『この手の中を、守りたい1~異世界で宿屋始めました』発売です。ほんとにキレイな子どもたちに描いてくれました。
本編、このまま、この話の後に続くようにするつもりです。




