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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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アーシュ8歳メリルの七夕

七夕で書きたくなって。小話です。アーシュ8歳の頃。

「あ、もうすぐ七夕だ」


教会の裏山の竹を見ていたら、ふと口からこぼれ出た。竹と言っていいかわからないが、竹のような木があり、やっぱり竹と呼ばれている。


「たなばた? 何それ」


ウィルがいぶかしげに聞く。マルとセロは黙ってベリーをつんでいる。私が変なことを言いだすのは慣れているのだ。


「うんとね、祭り?」

「「「祭り?」」」


今度は三人から反応があった。そう言えば、そもそもメリルにお祭りなんてなかったし、あえて言うなら「涌き」が祭りかなあ。


「えと、この竹のような木の枝に、願い事を書いた紙をつるすの。それを川に流すんだったか、燃やすんだったか……」


あれれ、少し記憶があいまいになってる。


「燃やすとどうなるの?」


マルが聞いた。


「願い事が天に昇って神様がかなえてくれるんだよ」

「神様……」


マルが首をかしげる。そもそもメリダはダンジョンという仕組みを作ったという創世神が、生も死もつかさどる。生まれたことを感謝し、死ぬ時は教会の墓地に納めてもらうけれど、篤い信仰などない。だからこそこの教会も継ぐ者がいなくて放置されていたわけだし。


「だったらさ、願いごと書いた後ダンジョンに置いてきたらいいんじゃねえ? ダンジョンは神様が作ったもんだし、ダンジョンに吸収されたら、それは神様のもとに行ったってことだろ」


ウィルがそう言った。


「なるほどねえ」


私が感心していると、セロが黙って教会に戻り、剣を持ってきた。


「え、ちょ、セロ?」


ザシュ! ええ? めりめりと竹が倒れて来た。


「ついでだから、ギルドにおいてもらったらいい」

「ええー、これをギルドまで運ぶの?」

「うん」


そうして涌きが始まったと言うのに、朝の練習の時にみんなで竹を運ぶ羽目になったのだった。


「何だ、お前ら、これ」

「願い事を書いて、ダンジョンで燃やす」


マルが答えた。


「はあ? わけわからん」


ギルド長は頭をがりがりとかいた。マルはさらに言った。


「これ、ギルドに置く」

「おいおい、ただでさえ涌きで混雑してんのに……」

「マルも訓練したいのに、サンド売ってる」

「う、それは……」


ギルド長がやらせてることだから、それを言われると弱い。


「だとしてもよ、願い事なんてどうやって書くんだ?」

「それはね」


私は得意げに言った。


「竹の葉ね、傷つけると、あとがのこるの。だからね、短剣でこう」


書いてみせる。


「なるほどなあ。まあ端っこにしとけよ。最後に俺が燃やしてやるから。いつまで飾るんだ?」

「七の日まで」

「そうか」


そうしてまず私たちの願い事を書いてもらった竹は、ギルドに飾られることになった。まだみんなちゃんと字が書けないんだ。そして案外冒険者みんなが願い事を書きこんでいる。


「えー、どれどれ」


最終日に願い事をのぞきこんでみる。見ちゃいけないってことはないもの。


「えー、嫁がほしい」


毎日サンド買いに来るお兄さんだったりして。


「えー、嫁がほしい」


うん、冒険者は若い人多いものね。


「えー、嫁がほしい……」


限度があるでしょ! 私は思わず叫んだ。


「たなばたの願い事は、技術の上達を願うんだよ!」

「それなら最初からそう言ってくれよ」

「ギルド長」

「そもそもさ、このたなばた? のいわれってなんなんだよ」


あれ、私言ってなかったっけ? セロも、ウィルもマルもうんとうなずいた。


「えっと、確か」


思い出せ、思い出すんだ。


「機織りの上手な女の人がいたんだけどお相手がいなくて」

「ありがちだよな、機織りは家にこもるから、出会いがねえ」


近くにいた冒険者がうんうんとうなずく。メリダにも羊の毛織があるからね。


「心配した神様が、まじめな牛飼い、いや羊飼いをお婿さんにって出会いを作ったの」


メリダに牛はいなかった。


「いいな、それ。相手は冒険者でもよかったんじゃね?」

「いや、羊つながりだろ、やっぱり」


いつの間にか周りに冒険者が増えていた。


「でね、結婚したら幸せすぎて、遊んでばかりで全く働かなくなって」

「そりゃ駄目だわ」

「男が悪いな」

「いや、魔性の女……」


わいわい言っている。


「で、神様が怒って、渡れない川の両側に二人を引き裂いたの」

「そりゃひどすぎるだろ」

「注意だけでいいだろ」


抗議の声が上がった。


「確か神様がいくら言っても聞かなかったような」

「ああ、いろいろこじらせたんだわ。嫁もらったからってはじけすぎたんだな」

「おい、やめろ、子どもの前だぞ」

「いけね」


うん。まあね。


「それで、一年に一度、七の月の七の日だけ会っていいの」

「せつねえ」

「もちょっと会わせろよ」


冒険者は嘆いてる。


「それでアーシュ、何で願い事を言う日になったんだ」


セロが聞いた。さすがセロ、そこだよね、大事なところは。


「女の人が機織りの名人だったから、それにあやかって上手になりますようにって」

「「「なるほど」」」


納得したセロたちの後ろで、


「じゃあ俺の嫁は?」

「むしろかなわないんじゃ」

「引き裂かれるんじゃ」

「やべえ。別の願いにするわ」


と大騒ぎだ。


「新しく書くんなら、今日中だぞー。今日で燃やしちまうからな」

「あいよー」

「書き直すかー」


ギルド長の声に、冒険者が葉っぱに手を伸ばす。おもに子どものやることだって、今さら言えないよね。



その日の夜、ギルド長は、副ギルド長と一緒に竹の前にいた。竹は結局3本に増えていた。


「おもしれえこと考えるよな、アーシュ」

「どこの習慣なんでしょうねえ」

「さあなあ、あいつのじいちゃんかねえ」


トニアとターニャではないだろうな。


「さて、ダンジョンに運びますかね」

「ギルド長、一人で燃やせますか?」

「誰だと思ってんの?」

「そうでしたね、赤の」

「それはやめろ」


ダンジョンの一階の広場の端に竹を積み上げる。


「よし、派手に行くぞ。 炎よ、渦巻け!」

「あ、ちょ、あーあ」

「なんだ」


炎は大きく燃え上がった。そして。


パン、パンパン、パン!


「やべ、なんだ!」

「やっぱり……あんた、逃げますよ!」

「え、うわ!」


パン!


追い立てられるようにダンジョンから出た。なんかこげくせえ。


「何だったんだ……」

「竹って、燃やすとはぜるんですよ」

「そんな危険なもんだって、最初から言ってくれよ……」

「葉っぱ燃やすだけでよかったでしょうが、あんた調子に乗ってすげー燃やすから……」

「それは! まあ、すまん」

「あの子たちの願いが、神様に届くといいですねえ」

「そうだな」


副ギルド長は続けてこう言った。


「ところで、4人は何を願ったんでしょうね」

「ウィルは、剣が強くなりますようにって」

「ははあ、ではマルも」

「剣だな」

「では、セロは?」

「……みんなを守れますようにってな」

「セロらしいですねえ。じゃあアーシュは?」

「あいつはなあ」


ギルド長は夜空を見上げた。


「みんなの願い事が、かないますようにってさ」

「はは、自分のことはいつも後回しだ」

「じゃあ、お前は?」

「神に願うほど若くはないですよ。ギルド長は?」

「……」

「まさか……」

「書き直し忘れた」

「嫁か!」


まあ、だいぶ後だけどかなったんだからいいだろう。

ダンジョンに神はいるのかもしれない。





10日くらいにフィンダリア行きの話をあげる予定です。


2017年7月12日、『この手の中を、守りたい1~異世界で宿屋始めました』副題がついて発売です!

アーシュが10歳、荷物持ちになるくらいまでのお話分です。

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