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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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トニーの憂うつな日

番外編です。前話と対になるお話です。本編終了後、10年ちょい後くらいの話になりますので、先のことは知りたくない!と言う人は、退避でお願いいたします。


追記(2017年4月):書籍化決定です!詳細は決まりしだい報告します。読んでくれた皆様、ありがとうございました。

「トニー!どこなの?」


母さんの声が響く。呼ばれたって出てなんかやらないんだ。いつもいつもオレばっかり。母さんはオレなんかどうでもいいんだ。


「今日はセロがお客様を連れて久しぶりに帰ってくる日なのに。トニーったら」

「母さん、俺が探しておくから」

「レオ、でもね」

「さあ、忙しいんでしょ」

「わかったわ。お願いね」


ちぇっ。母さんは振り返りながらも戻っていく。レオはいつでもそうだ。父さんとそっくりってだけでもしゃくにさわるのに、お利口でさ。剣だって強いんだ。それに銀の髪。アイスブルーの瞳。オレにはないもの。


どうしてオレだけ茶色い髪なんだ。瞳だって平凡な茶色だ。


特にカーラが産まれてからは。みんなカーラカーラって言う。母さんと同じ、黒髪と琥珀の瞳。確かに母さんがカーラを抱いてると、キレイな絵みたいなんだ。優しい母さんにかわいいカーラ。いや、かわいくなんかない。


母さんは人気者だから、みんなそっくりなカーラばかりもてはやすんだ。


どうしてオレだけ。


馬やの隅っこで膝に顔を埋めた。馬がヒヒンと鼻を鳴らした。なんだよ。ほっとけよ。


「なあ、トニー」

「うるさい」


レオがため息をついて、隣に座った。


「何すねてんだ」


オレはプイと横を向いた。


「誰かになんか言われたのか」

「……帝国の客が」

「ああー、ヤツらか」


帝国は隣の国で、うちの宿屋のいいお客さんだ。母さんの居心地のいい宿が目的でたくさんやってくる。父さんも母さんも帝国では有名らしくて、母さんに会えた客はとても喜ぶんだ。父さんにもね。


でもみんなオレを見てがっかりする。似てないんだもん。


「みんなバカだよな。トニー、母さんにそっくりなのにな」

「色が違うから」

「そんなに大切なことか」

「持ってるものにはわからないんだ」

「そうか。でもさ、オレ魔力はほとんど持ってない」


確かにオレは魔力は大きい。魔力熱も大変だったらしい。


「でも、フィンダリアにはダンジョンなんかないし」

「ウィルおじさんのとこ遊びに行けばいいだろ」

「父さんも母さんも忙しくて連れてってくれないじゃないか」


わかってる。駄々をこねてるだけだって。でもさ、オレが似てるっていわれるの、母さんの父さんなんだ。母さんは嬉しそうに似てるって言って抱きしめてくれるけど、聞いたんだ。あんまり弱くて、最弱のナイトって言われてたって。最弱ってなんだよ。カッコ悪い。暗いオレに、レオが言った。


「今日来るのってさ、メリダの人なんだって」

「メリダ! ほんと?」


一気に気分が上がった。


「ほんとさ。父さんの高速船、最初の外国のお客さんだ。みんなキリク止まりだからさ。なあ、陸路なら4週間以上かかるところを」

「「1週間で運びます」」


声をそろえる。母さんは宿屋を、父さんは船の仕事をしてるんだ。


「いつも一緒って言ったのにね。セロったら、出かけてばかり」

「アーシュだって、いつだって付いてきてくれていいのに」


そう言い合う2人を、周りはあーあって顔で見てるだけ。2人とも仕事が大好きなんだ。


「レオもトニーも大好きよ。カーラもね」


そう言ってしょっちゅう抱きしめてくるのはもうやめてほしいけど。


「メリダかあ。行ってみたいな」

「母さんの知り合いだってよ、お客さん。見てみたくないか、トニー」

「見たい!」

「じゃ、行こうか」

「うん!」


2人で走り出した。港に向かう。港は宿のすぐ側なんだ。あ、父さんの船だ!


「トニー!」


母さんに捕まった。カーラはお手伝いさんに抱かれている。


「トニーを捕まえるために両腕を空けておいたのよ。レオはどうしてトニーの場所がわかるのかしら。ありがとね」

「お兄さんだからね」


レオが自慢した。オレは母さんの腕の中でモゾモゾした。ちょっとうれしくて、ちょっと照れくさいんだ。


「離してくれよ」

「だめよ、逃げるから」

「あ、父さんと、あと2人?アレがお客さん?」


レオが背伸びした。お母さんも背伸びした。オレを抱えたまま、大きな声で叫ぶ。


「リカルドさん!ディーエ!」


知ってる!騎士隊の人だ!


「あ」


父さんをおいて、2人が駆け寄ってくる。


「まあ、もう結構な年なのに、無理しちゃって」


母さんがおかしそうに言う。少し息を切らした2人がやって来た。


「アーシュ、すっかり大人になって。なんてキレイなんだ」

「リカルドさん、相変わらずなんだから。お元気でした?」

「やっと仕事も落ち着いてね、おや、こちらはもしや……」


こっちを見た。この瞬間がイヤだ。みんなガッカリするんだ。でも母さんはオレ達を前に押し出して、自慢そうに言った。


「上からレオ、トニー、カーラよ」

「トニア……」


え、トニアって言った。リカルドさんじゃない方だ。おじいちゃんのこと?


「トニーと言ったか、顔を見せておくれ。ああ」

「ディーエ……」


母さんが優しく言った。その人はオレだけを見て、なつかしそうに目を細めた。そうしてギュッとオレを抱きしめた。


「お前はおじいちゃんにそっくりだな。聞きたくないか、俺たちの副リーダーだった、トニアの話を」

「でも、最弱のナイトって聞いた」

「誰から聞いたんだ、そんなハンパな噂を」


その人はオレの瞳をじっと見た。


「計画を立て、気配を読み、退路を組み立てる。参謀ってわかるか」

「わかる!」

「陰の実力者だな。目立たない茶色の髪も瞳も、それを助けたんだ」

「ほんとに!」

「ほんとさ。そんなトニアもターニャがさらっていってしまったけどな」

「お姫さまみたいだ」

「案外そんなやつの方がモテるのさ」


その人はおかしそうに笑った。ふと隣を見ると、リカルドさんはカーラを抱き上げ、とろけそうな顔をしている。と、レオをまじめな顔をして見て言った。


「君は、セロ君にそっくりだな」

「よく言われます」

「セロ君は」


せきばらいした。


「アーシュによくしているか」

「よくする?」


レオが不思議そうに聞き返した。


「あー、大事にしてるか」

「ああ、仲良すぎて砂糖もいらないってみんな言います」

「そうか」


なんで残念そうなの? リカルドさん。


「約束は守ってますよ、リカルド」


父さんもやって来た。


「リカルドさんと呼べ」

「ホントに変わらないのね」


母さんがくすくす笑う。


「ディーエ、私も聞きたいな、父ちゃんの話」

「そうだな」

「ターニャの話は私が聞かせよう」


リカルドさんも口を挟む。初めて会った人だけれど、家族のように宿に向かう。カーラはリカルドさんに抱かれ、レオは父さんと並び、俺はディーエさんに肩を抱かれて。母さんはそれをにこにこと眺めながら。


参謀だって。どんな人だったんだろう。その話を聞いたらさ、なんて言われたって胸を張れる気がする。オレはおじいちゃんに似てるんだって。宿はすぐそこだ。今日はいい日だな。

覚え書き。本編終了時点。


アーシュ:主人公

セロ:婚約者

ウィル:孤児仲間

リカルド:メリダの東門騎士隊隊長

ディーエ:同じく副隊長

トニア:アーシュの父ちゃん

ターニャ:アーシュの母ちゃん



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