アーシュ16歳その先へ
今回で物語は一区切りです。
2の月も半ばを過ぎようとする頃、お別れの時は来た。ずっと支えてくれたニコとブラン、ノアさんたちが帰ってしまうのだ。
ノアさんたちはともかく、マリアとソフィーから2年もニコとブランを奪ってしまった。そんなことを言ったらマリアは、
「バカね、アーシュ」
と言うに違いない。だからただ、ありがとうと言うのだ。大切な兄さんたち。
私たちは帝都でお別れだ。セロとウィル、サラがシュレムの港まで見送りに行く。セロたちはそのままシュレムの港で船の建造の相談だ。サラはフィンダリアはこれからも行く機会はあるだろう。だから帝国の東端に行ってみるのだ。正確には悩んでいるサラをウィルが引っ張って行く。
私たちは春休みはフィンダリアに下見とオイルの買い付けに行く。せっかく広い屋敷が手に入ったので、よいオイルで石けんの試作に入るつもりだ。帝都でも試作し、アレクやフローレンス、もちろんカレンさんに提供していたが、やはり大がかりに作ってみたい。
去年念のために注文していた石けんの工場のための魔道具と、宿屋のための魔道具が、ニコとブランと入れ違いで届く。まず帝都で始めてもいい。
「アーシュ、マル、もう大丈夫だな」
「うん、マリアとソフィーに大丈夫って伝えて。ついに婚約もして、女子力も付いたって」
「マルも。かわいい人を見つけたって」
「わかったわかった。セロは女子力なくたって婚約しただろ?そこ背伸びするとマリアに怒られるぞ。マルはな、そのまま伝えてやる」
ニコはあきれたように、そして優しくそう言ってくれた。
「ソフィー待っててくれるかな。何も言わず来ちまったからなあ」
「ギルドの受け付けってもてるからなあ」
「アーシュ、怖いこと言うなよ」
「だって手紙では」
「なんだ?なんて言ってた?」
「ブランの手紙には?」
「近況しかこないんだって!」
待ってるって書いてあったよ。
「どうだったかなあ」
「アーシュ?」
「まあ、もう少しで会えるから」
「あああ、あと1ヶ月!」
ノアさんたちも帰っていく。
「君たちといるとほんとに面白い。でももう帰って嫁を探すよ。先を越されちゃったな、みんな」
ほんとにありがとう。たくさんの冒険者の卵たちも見送りにきた。
「まあ、今度は代わりにあいつらが来るから」
「あいつら?」
「王都の翼の」
「ジュストさん!」
「腕はな、一流だから、腕はな」
ダンジョンも面白いことになりそうだ。別れに涙なんかない。またいつか会いに行くんだ。
さて、みんなを見送った私たちもフィンダリアに出発だ。私、マル、ダン、ナズ、ハルク、ついでにフーゴ。フーゴの商会はフィンダリアとの取り引きはあまりないが、勉強についてくるのだ。
「ていうかさ、理由つけなくたってもういいよ。楽しいからさ、行くんだ」
そうして行ったフィンダリアは、早春だというのに黄色い花があちこちに咲いていた。
「菜の花だ!」
「春告げ花よ。ニーナというの。種から油がとれるわ」
揚げ物に最適だ!これも買って帰る!
なだらかな丘が続くフィンダリアは、人も穏やかで、のどかで、剣を差している人もほとんどいなくて、今まで見たことのない国だった。行く先々で乾燥した花を買い、ハーブを買い、オイルを買い、
「アーシュがこんなにお金を使う人だとは知らなかったわ」
とナズにあきれられるほど買い物をした。全部石けんにするんだ。水は豊かだが、お風呂はほとんど普及していないそうだ。少し高い宿屋にも積極的に泊まって、傾向を探った。オリーブオイルがあるのに、料理は案外単調だ。
2週間近くかけて、ナズの実家についた。これは……
フーゴのお店も大きかったが、ナズの実家はもっと大きい。店の裏側ではひっきりなしに荷物が運び込まれている。
「お嬢、ハルク、おかえりなさい!」
次々と声がかかり、好奇心旺盛な視線がいくつも飛んでくる。ナズも心なしか生き生きしていて、見ている方も嬉しくなる。
「ナズ、おかえり、友だちの皆さんもようこそ!」
女の人にしてはすこし低い、豊かな声がかかった。わあ!ナズによく似た20歳くらいの女の人が立っていた。
「姉さん!」
お姉さんか!お店の跡継ぎだと聞いていた。嬉しそうに抱き合う二人を、私とマルが憧れの目で見ていると、私たちも一緒に抱き込まれた。
「帝国にやってちょっと後悔してたけど、いい友だちができたって聞いて、うれしくてね。やっと会えた。かわいい子たちだね」
わあ、マリアやソフィーよりお姉さんで、なんというか、うれしくて照れくさい。
「男の子たちも、よく来てくれたね、若くても商人だからね、それなりに扱うよ」
「「はい!」」
ダンもフーゴも、すっかりのまれている。そして、わあ、赤くなってる!びっくりした!大人の魅力だ!
そんなフィンダリアの滞在は1週間だったが、本当に楽しかった。街を歩き回り、市場をハシゴし、ガガの生豆を見つけてダンが大喜びし。
そして。私たちは石けんの見本を持ち、ナズの父親にフィンダリアに工場を立てることを真剣に相談した。
「フィンダリアでも石けんは帝国から少しずつ流れてきてはいたのだよ。人気でね。この技術は何としてでも欲しいが」
「フィンダリアで作れば、帝国に輸出することができます。帝国では普段使いの安価な石けんを、フィンダリアでは良質な油を使って付加価値の高い高い石けんを」
「そしてアーシュ君は、石けんと風呂を特色とした宿屋をと」
「はい、最初は高級宿にするか、馬車の移動をする人たち用に街ごとに作っていくか、少し悩んでいます」
「ふうむ、君たちは……」
ナズのお父さんはあきれたような感心したような目で私たちを見た。
「これはフィンダリアの特性を生かした大きな商売になる。是非後押しをさせてくれ」
やった!これで将来につながった!
「卒業してからだから、8の月からここに来るのか。それまで待ち遠しいな」
「久しぶりに将来性のある若い子を見たわ。がんばってな」
ナズのお姉さんもそう言ってくれた。あれ、ダン、耳が赤いよ?ほっとけ?うん。まあいいけど?
1週間はあっという間で、また2週間をかけて帝都に帰っていく。
セロともみんなとも合流し、子羊亭の2号館を出し、残りの学生生活を全力で駆け抜けた。
そして卒業の時が来た。
「私は希望通り騎士隊に入れた。最短で昇進できるようにがんばるからな」
「アロイス、できるよきっと」
「俺とエーベルは内務の文官だ。騎士隊やギルドときちんと繋がれるようがんばるよ」
「テオドールが文官なんて思いもしなかった。2人ともがんばってね」
「お前たちと知り会えて本当によかった」
泣いちゃうよ。また会えるから。
イザークも内務、ライナー、ベルノルトは騎士隊。そのほかの者たちも希望通り進路を決めていた。まれに見る豊作だそうだ、私たちの学年は。フローレンスは婚約者としてアレクとの公務が始まる。
「本当の友だちなんて初めてだったの。いろいろあったけど、これからも友だちでいてね」
もちろん!ケンカもしたよね。
「お前たちはすぐに帝国を出たがる。侯爵、戻ってこいよ」
アレク、また話しに来るからね。
「まあ、行ってこい」
「戻ったら遊びに来るのよ」
うん、グレッグさん、カレンさん、ちびちゃん。
もう私たちを縛るものは何もない。守るべき小さい人たちは皆大きくなった。空いた手を広げて、さあ、みんなでこの先へ!
アーシュ16歳。これからです。
〈 子羊旅立ち編・完〉
物語はこの先もまだまだありますが、五ヶ月連続で更新して来て少し一区切りしたくなりました。続きを書きたい、残りの子羊や周りの人のこの先も、と思ってはいますが、ひとまずの完結です。
不定期更新になるかもしれませんが、フィンダリアの話や書ききれていない話も書きたいので、完結表示にはしません。
作者と一緒にアーシュと子羊たちの成長を見守ってくれてありがとうございました。読者の皆さんには本当に感謝です。
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