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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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245/307

アーシュ15歳10の月から

「もう少しで、病の治療を始めてから1年になる。帝国すべてにはまだ治療は行き渡っていないが、とりあえず帝都付近では病で亡くなる人はいなくなった。本当に感謝する」


アレクはフリッツさんと共に頭を下げてくれた。もうそんなにたつんだね。


「ついては、褒賞が出る」


また?浮かない顔の私たちにアレクが苦笑いする。


「ほうびを嫌がるのはお前たちくらいなものだ。目立ちたくないというお前たちからすれば、かえって迷惑かもしれんが、帝国としては、少女から功績を横取りしたと思われては困るのだよ」


うーん。


「なるべく目立たないようにするから。な?」

「褒賞をもらってくれるようお願いしなくてはならないとは、アレク様、良い経験でございます」


フリッツさんがニコニコしている。


「5人にそれぞれ希望の物が与えられるぞ。ちなみにアーシュには帝都に屋敷と爵位な」

「ええ?いらないよ」

「帝国がケチだと思わせたいのか」

「うーん」

「それだけの事をしたんだ。自覚がないかもしれないが、どれだけ多くの人を救い、これからに希望をもたせてくれたか」


でも。


「もらっとけ、アーシュ」

「ダン」

「屋敷はみんなで使えばいいだろ。これから俺たちにはあちこちから客も来る。集まれる場所があってもいいだろう」

「そうか、そうしようか」

「詳しくはまたな。ほしいものがあったら考えておいてくれ。では、キリクの話を聞かせてくれないか」


雄大な草原や力比べの話をして楽しく過ごした。


帝国はなんとか私を引き止めたいのだと後でダンが言っていた。魔物肉屋も、屋台も、特許をとったことも、今度の子羊亭も、私がかかわっていることをおそらく知っていると。それはみんな帝国を豊かにしてきただろう、と。


最終的にどこに住むことになるかわからないけれど、帝国にはカレンさんもグレッグさんもいる。アロイスやテオドールもエーベルも、騎士隊の人たちもフーゴも、フローレンスもアレクだっているではないか。別に引きとめなくても、帝国にいる人にも幸せでいてほしいと思っているのに。


「そんなふうに思う気持ちを信じられないんだろうよ。けどな、これを断ったらさらに強引に囲い込まれるぞ。もらう時に、拘束されるのは嫌だとはっきり言っておこうな」

「うん」


マルの婚約はもちろんグレッグさんにも報告に行った。グレッグさんは中央の三つのギルドをほぼ管理できるようになり、来年からはまず北領を回り、少しずつ残りのギルドを立て直していくのだという。


「面倒なことになってたのは中央だけだからな。けど、冒険者を育てるのは地方でもやりたいんだよ。北領はカレンの実家だし、ダンジョンも多い。少しずつだな、生まれてくる子のためにもな」


私たちの面倒をさんざん見てきたグレッグさんが、とうとう本物の父親になるのだ。


「お前らの起こす面倒ごとも落ち着いたしな。オレはカレンと帝国に骨を埋めるつもりだ。けどな、困ったことがあったらいつでも来るんだぞ。何としてもメリダに返してやるからな」


しかしマルの婚約には絶句していた。


「まさかマルが……ウィルが次期部族長?まあ、それは不思議でもないな。器の大きい奴だからな。しかしマルが……」


おめでたのカレンさんはもちろん大喜びだ。しかしグレッグさんは、


「マルが……」


おめでとうと言ってくれるノアさんたちを引き連れて、くすくす笑うカレンさんを残してやはりどこかに消えてしまった。


「また酒場ね」


理由をつけて飲みたいだけだと思う。


帰ってきてからは、ダンと私はお茶とケーキの子羊亭の準備に大わらわだった。やろうと決めてから一年かかったのだ。キリクに行っている間に、店舗の内装は終わっていたので、信頼できる店長をフーゴのお父さんから紹介してもらい、一ヶ月経たないうちに開店させた。使えるものは何でも使い、バターとクリームを提供してくれているフローレンスの家、アロイスの家、イザークの家、大使、侯爵家と学校のみんなに声をかけたら、初日の貴族のためののプレオープンから大人気だった。去年の学校祭から楽しみにしていたという保護者の人も来てくれた。もちろんナズのフィンダリアのコーナーも作り、ハーブや精油、布製品などを興味深げに見ている人も多く、何人かは買って行ってくれた。また、メリダでの経験からおみやげにケーキを買ってくれる人が多いことがわかっていたので、たくさん用意したケーキもだいぶなくなった。


そのようすを見ていた町の人も次の日に押し寄せ、3日目は学生限定で、中央高等学校だけでなく他の学校からも学生が来てくれた。感触はよい。


4日目から正式に店が開くと、毎日大盛況だった。私たちは定期的に店を見回り、売れていることで天狗になりがちな店員の再教育をしたり、二号店の準備に入ったりと忙しく、恒例となった騎士科の学校祭も終わってあっという間に年があけた。


そして一の月の最初、再び皇帝の前に立つことになった。


「アーシュマリアよ、長年帝国を苦しめていた病の治療法を発見し、身を惜しまずその普及に尽くしてくれたことを感謝する。皇族をもその手で救ってくれたのだ。学生の身でよくやってくれた」


アレクが病から回復したのはすでに周知の事実だ。これを強調することで、貴族にも納得させようということなのだろう。


「その功績をたたえ、侯爵位を授ける」


え?15歳の小娘だよ?


「領地はなく、年金を与える。帝都に屋敷を与え、好きな褒美をとらす。名誉爵だが、どの公式の場でも侯爵扱いとする。この爵位はアーシュマリアの血筋が続くかぎり、そして帝国に害をなさない限り世襲するものとする」


私は何も言えなかった。ダンあたりなら、絶対に帝国はアーシュを手放すつもりがないのだというだろう。しかし領地はない。つまり責任はないということだ。それに断れないだろう。


私はうやうやしくそれを受けた。


メリダにも留学生が貢献したとして、王家に感謝の使者を送るそうだ。巻き込まれただけなのに、まったく大ごとになってしまった。子羊の残りもそれぞれ好きなものをもらえるということなので、私は宿屋をどの街にでも開ける権利を、セロは船と、それを使って各港に航行する権利を、ダンはどの都市でも商売をしてもいい権利と馬車を一台もらうことにした。セロの権利だけ少しもめたようだが、帝国にマイナスの行為をしないということで許可された。今まで商売をしていてもよかったのは、つまりお目こぼしだったらしい。子羊亭がつぶされなくて良かった。ウィルとマルは特にほしいものがないのでお金をもらっていた。


もちろん、カレンさんとフローレンスの功績も大々的にたたえられた。また中央高等学校とその学生たちも貢献を評価され、学校に新しい競技場が寄付されることになったのだった。


「オレたち卒業しちゃうのにな?」


とはフーゴの言葉だ。


思ったより大げさで、そして思ったより縛りのない結果となった。


せっかく帝都に屋敷をもらったので、寮からは出て、みんなでそこから学校に通うことになった。


「もらった年金は、これの維持に費やされそうだね……」


というくらい私たちには大きかった。屋敷の維持に必要な人材はアレクが派遣してくれた。いいさ、それならそれで、年金で孤児院の子を雇って、使用人としての技術を学んでもらおう。


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