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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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236/307

アーシュ15歳7の月キリク着

7の月に入り、高等学校の2学年が終わった。いろいろあったが夏休みはいよいよキリクだ。帝都からフィンダリアの中継都市まで一週間、そこからさらにキリクに入るのに一週間、キリクの首都のラノートまで一週間。たどりつくまで3週間かかる。さらに北部のマッケニーの領地まで一週間。めったに行き来できる距離ではなかった。もっとも、それは馬車の話で、馬で駆ければもう少し早い。しかし、そうまでして急ぐ旅でもないので、馬車で時間をかけて行く。治療院で研修していた医者たちも帰るので、大人数の旅となった。


ナズとハルトとはフィンダリアの中継都市で別れ、フーゴを連れてキリクに向かう。フィンダリアは緩やかな丘が続く、穏やかな草原地帯だった。北に山脈があり、その山脈の間を抜けるとキリクになる。


大軍が通るのは難しい。この入口を守られたら、キリクに攻め入るのはそうとう難しいことになるだろう。逆に出る理由もない。ダンジョンのあるキリク、ないフィンダリア、あまり交流のないうちにそれぞれの文化が大きく異なっていったのだろう。


しかし不思議なことにダンジョンがある以上、ギルドの仕組みは整っている。したがってお金の仕組みはメリダとも帝国とも変わらない。どのようにして国々が別れたのか、歴史には詳しいことは書かれていないのだ。


そしてキリクは6つの部族に別れていて、ダンジョンのない、もっとも大きい部族の長が国の代表となっている。残りの5つは、国の東部の山脈沿いの領地にそれぞれダンジョンを3つずつもち、ダンジョンの管理と牧畜を中心にしている。大きい部族は西側半分を領地に持ち、農耕が中心でキリクの食料を一手に引き受けている。マッケニーの領地はその最北の地域だ。管理する場所がはっきりしているため部族間の争いもなく、食料もほぼ自給できているため他国とも交流も少ない、ある意味メリダのような国であった。


ダンジョンの管理が大きな仕事のため、力のあるものが尊ばれる。ダンジョンからの収益は働きや地位に応じて分配されるため、メリダの冒険者ほどはもうからないが、強いものは地位が高い。


そうして年に一回、部族長会議として中央に集まり、力比べをするのが大きな義務と楽しみであった。


今年はマッケニーの子どもたちが帰ってくる。噂は前年から広がり、例年に増して人が集まってきているようすであった。


山脈を抜けキリクに入った途端、空気が変わった。やや標高が高いこともあるのだろう、草原と言ってもフィンダリアのそれとは異なる。低地では大きな農地が広がり、やや高いところでは、毛皮を取るための大きな鹿や、毛を刈るための羊の群れなどが見られる。それを馬に乗った若者が追い集めている。馬車の中に留まっていられるものではなかった。すべてがめずらしく、見あきることがない。時々馬にも乗せてもらいながら、ラノートに向かう。小さい町が多いので、キリクに入ってからはテントを張って泊まることもあった。しかしどの街に行っても、旅人は珍しいのか人々が集まってくる。


特に私とセロは、色合いがめずらしいのでとても面白がられた。私はラノートに着くまでに、五人の人に求婚されたし、セロも油断するとどこに連れて行かれるかわからない。ダンやフーゴ、ニコとブランもやはり注目を集めていたし、ウィルとマルに至ってはキリクの正統派の美形らしいので、やはり人にたかられていて、首都に着くまでにだいぶ疲れていたのだった。それをマッケニーさんたちは笑って見ていた。


そうしてラノートが見えてきたとき、そこにはたくさんの人が待ち構えていた。マッケニーさんには区別がつくのだろう、自分の部族のまとまりに行こうとしたが、囲まれてそれどころではなかった。


いつのまにか私とマルはみんなと引き離され、気がつけば知らない若者たちに取り囲まれていた。


セロは?いない。人が多すぎて、特徴的な銀髪も見えない。ウィルは?似たような人が多すぎる。みんな金髪に緑の瞳だ。


「なあ、これが今回の花嫁たちか」

「めずらしいな、きれいな黒髪に、おい、琥珀の目だ!よし、俺は出るぞ」

「俺もだ」


花嫁?出る?


「で、こっちが異国育ちのマッケニーか、言葉はわかんのか、おい、おまえ、美しいな。よし、俺はこっちだ」


どっちだ。騒いでいた一人が、


「きれいな髪だな」


と手を伸ばして触ろうとしたので、思わずひるむとマルがその手を叩き落とし、にらみつけた。ヒューと口笛がなる。


「気が強いな、ますます気にいった」


なんだこれは。


「おい、お前ら、やめろ、客人に向かって」


一人の若者が割って入った。


「オーランド、けどさ、早く見たかったんだよ、今年の花嫁たち」


花嫁?まただ。


「まだ決まってない、早まるな」

「けど、祭りに連れてきたってことはそうじゃないのか」

「異国の習慣は違うからな」


その若者は振り返った。え、小さい。マルより背が低い。私が少し見上げるくらいだ。


「すまなかったな。驚いただろう、今保護者のもとに返してやる。ついてこい」


その落ち着いた姿に安心して、私たちがついていこうとすると、さっきの若者が、


「おい、黒髪のお前、待ってろよ、必ず勝つからな」


と言った。ふん。知らないし!


オーランドと呼ばれた若者は、すぐにマッケニーさんを見つけてくれた。


「これはオーランド様、娘が迷惑を」

「いや、はやった若者が少し暴走した。娘たちの姿を見て納得したらしいが、この者たちは承知の上か。どうもわかっていない気がするのだが」

「黒髪の娘は婚約者持ちですのでそもそも出しません。私の娘にはまだ話しておりませんので」

「父さん、なんのこと?」


マルが聞いた。


「やっぱり知らなかったか」


オーランドはため息をついた。


「キリクでは強いものが尊ばれる。力比べの上位の若者は、花嫁を自由に選ぶ権利がある。もちろん同意のもとでだが、上位の若者は女子にも人気なのでな、この時期に力比べに来る若者は、男女ともにお相手募集中ということになる」

「マル、父さんは別にそう言うつもりではなかったよ。この時期にしか連れてこれなかっただけで。お前はまだ15歳だ。まだまだそんなことは考えなくてもいい」

「15か。婚約するには早いわけでもなかろう」


オーランドはマルを見て言った。


「オーランド?」

「なんだ」

「あなたは強いの?」


マルがそう尋ねた。オーランドはまじめな顔をして言った。


「強い」


マルはオーランドをじっと見つめ、オーランドは静かに見返している。何の勝負だろう。ついにオーランドが口を開いた。


「私が力比べに勝ったら嫁に来るか」


えっ。何を。


「私に勝てたら考えてもいい」


ええ?マル?


「ならば優勝した後に、お前に勝負を申し込もう。お前の名は」

「マーガレット・マッケニー。マルと呼ばれてる」

「ではマル。力比べで会おう」

「わかった」


いっそ潔いくらいだが、こんなこと、勝負で決めるものじゃないよ。


「マル?」

「だって」

「だって?」

「小さくてかわいかったから」


草原の国キリクにて。マルはどうやら恋に落ちていたようだ。わかりにくいよ、マル!




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