アーシュ15歳6の月夏に向けて
リューイはマッケニー商会に戻った。私たちはまた、のんびりとした学校生活を送ることとなった。
屋台も順調だし、あと一月もすれば学校も夏休みとなる。部族長会議への出席という公式行事に参加するため、9の月からの新年度には少し遅れることになるが、帝国以外の国へ行くということで、セロがとても楽しみにしていた。
とはいえ、連れて行ってもらうマッケニーさんにけっこうひどいことを言っていた。二人の仲が悪くなるんじゃないかと心配していたが、そうはならなかった。
「オレたちの事を心配して言ってくれたのわかってるからさ」
ウィルはそう言う。
「それより、低レベルな争いで砂を吐きそうだったぜ、オレは」
「そうそう、セロなー、かっこいいこと言ってるようなふりをして、嫁自慢だろ」
まだ嫁じゃないし。ウィルとフーゴは2人でまだ言っている。
「そもそも婚約したからって、なんか最近態度がでかいっていうかさー、」
「安心しちゃってるんだと思うな、甘い甘い、帝国はアーシュを離さないぞ?」
「へえ、どんなふうに態度がでかいんだ?」
「例えばさ、あ」
「魔王登場」
「ああ?」
あーあ、連れていかれた。私とマルとナズはクスクスと笑った。
「キリクに行くのに、フィンダリアを必ず通るのよ。ちょっと二週間くらい寄っていってもいいと思うの。そもそも今年の春はフィンダリアに来てくれるはずだったのに」
「フィンダリアも行きたいな」
「7の月はね、春の花は終わりだけど、ハーブの花がいっせいに咲くの。少し街の外に出て散歩したら、足もとからいいにおいが立ちのぼるのよ」
「いいなあ」
「特にね、西海岸沿いは温暖だから、冬もいいけど夏の保養地としても有名でね」
保養地とな。
「ねえ、そこに帝国の人たちは来るの?」
「あまり来ないわ。帝都からだと海岸まで2週間くらいかかるのよ。だからフィンダリアのお金持ちが中心ね」
「もったいないなあ、そんなに気候がいいなら、観光地として整備すればいいのに」
「観光地?」
「うん、そもそも保養地になるくらい癒されるとこなんでしょ?別邸を建てやすいように整備するとか、宿屋や食堂を作るとかするの。それでどこの花畑がいいとか、どこの海岸が景色がいいとか、名物の食べ物、おみやげになるような産物の情報を整理して提供して、来てもらうようにするの」
「ちょっと大がかりでわかりづらいわ」
「うーん、例えばね、西海岸で、帝国に近いところでどこがおすすめ?」
「マリスかしら。いくつか別荘もあるのよ」
「食べ物のおすすめは?」
「もちろん、海鮮焼きよ!小さな漁港があって、新鮮な海産物がとれるの」
「見るところは?」
「漁港の近くに高台があって、海が見渡せるの。それこそ今の季節はね、海がきれいな上に、その高台が花畑でね」
「それをそのまま規模を大きくして産業にするんだよ。貴族一行に来てもらえれば大人数の宿泊でうるおうし、海産物やハーブをおみやげに加工して買って行ってもらえればいいし。特産のお茶とかないの?」
「あるわ。フィンダリア国内でも人気なの」
「それの増産も視野に入れるといいね。海のそばなら船遊びとか、水遊びとかもいいと思うけど」
「アーシュ……」
「むしろ俺なら、冬にも来てもらうようにするかな」
「冬?」
「冬でも温暖なんだろ?帝都も雪はほとんど降らなかったけれど、おもしろいこともない季節だからな。その季節に温かくて緑があって、食べ物がおいしいとなれば家族だけでも遊びに行かせるんじゃないか?」
「そうだね、ダン、そんな時期にお祭りとかあると最高だね」
「……あるわ、冬と言うか、一の月に春を呼ぶ春祭りが……」
「串焼き……」
「マル、それ大事?」
「大事」
ナズはびっくりして私たちを見ている。
「一年近くあなたたちと仲良くしてきたけど、こんなあなたたちを知らなかったわ、私」
「ん?どういうこと?」
「友だちとして楽しいってことはすぐにわかった。最初から強いことは知ってた。商売も始めていて驚いたわ。そうかと思うと、病の治療にまで関わってる。今も屋台なんか出してて。でもこれは違うわ」
「違う?」
「なんていうか、大きいのよ最初から。個人のレベルじゃない、これは街一つを動かす大きな産業よ。なんでそういうことを考えられるの?」
「なんでって……」
私はダンと顔を見合わせた。
「宿屋はやってたし。名物も作ってきたしね」
「そうだな。その街ならではの売りっていうのは、当たり前に考えるよな」
「うん」
「メリダでどういう生活をしていたの、あなたたち……」
あちこちのダンジョンに行って、ついでにいろいろしていたのだった。
「まあ、帝国ってこれだけ大きい国だろ、こう言ったらなんだけどさ、ここからどうやってお金を落とさせるか考えたいんだよね、俺は」
「うん、わかるよ。帝国の国内は帝国で頑張ればいい。周辺の小さい国は、目をつけられない程度に、帝国から利益を得る」
「もちろん、そのことで帝国も気持ち良くなればいいんだし。宿屋か、アーシュ、まじめに考えてみるか」
「そうだね、たとえばマリスでやるなら、お風呂を特徴にしたいね、私は」
「お風呂か、帝国はいまいちだもんな」
「魔道具が発達してないからね。マリスは海沿いでしょ、塩でべたべたになるから」
「お風呂でさっぱりする、ついでに石けんを特産に……」
「待って待って、ほんとにあなたたちはおかしいわ!」
ナズがあわてている。
「私も商人の娘よ、商売については多少はわかってるし、興味もある。でもちょっと早すぎてついていけないわ」
「俺は卒業したらいずれにしろフィンダリアに行ってみるつもりだったし。まあ、とりあえず今年の冬、セロも連れてマリスに行ってみるか。学校は少し休んでさ」
「お風呂の魔道具は早めに注文しておこうか。魔石をキリクから直接買い付けしたら安くならないかな」
「フィンダリアは魔石が輸入だからな」
「待って待って、待って!」
ナズが怒り始めた。
「まず!実際に来てみて!どんなところかわかってからにして!もう」
「はは、ナズは意外と短気だな」
「誰だっていらいらするわ、あなたたちの話を聞いていたら!」
そうかな。そう言えばセロにもよく怒られていたっけ。
「大丈夫、この話は怒られるところはなかった」
マル、ありがとう。
「とりあえず、ナズも店を開いたらいいのに」
「え?」
「俺もそう思ってた。今フィンダリアからきまりきったものしか輸出してないだろ?」
「ええ」
「だからね、フィンダリアの人が使っていて、帝国になくて、それで面白そうなものとか、おしゃれなものとか。ナズは女の子だから、女性の感性に訴えるものを中心にして。食べ物とか、香水とか、衣類とか」
「売れるかしら、田舎扱いよ、フィンダリアなんて」
「おしゃれに売るの。ダンのお店にコーナーを作ってもらってもいいし」
「子羊亭では、石けんも売ってたしな」
「利益よりは、帝国の人の傾向を知るためだよ。どんなものが好まれるのか、学生の間に調べておいたらいいんじゃない?」
「もう、もう、あなたたちは!」
平気で魔物肉を切って屋台をやれる女の子なら、できるんじゃないのかな。
「とりあえず、夏にフィンダリアに帰ったら、お店に出せそうなものを見つくろってくる。せっかくだから少しでも利益を出したいもの」
ほらね。




