アーシュ15歳5の月も終わる
ウィルは続けた。
「アンディ、リューイ、目を覚ませ。アンディ、おじさん、父さんの10年前を思い出してみろよ。落ち込んでたから殊勝だっただけで、めちゃくちゃなやつだったんじゃないのか?勝手されて振り回されて。魔道具を買いつけに行ったのに勝手に嫁取りしてきて、それなのに嫁も子どもも連れてこない。魔道具はどんどん輸入してくる。魔石の需要は大きくなる。商会を大きくせざるを得ない。そんな繰り返しが今じゃないのか」
「ああ、10年前、確かに。落ち着いていたから忘れていたが、確かに振り回されたよ」
アンディさんははっとして言った。
「リューイ、そんなに父さんのことを尊敬してるなら、メリダとは言わない、帝国内でもいいからあちこち行ってみろ。それで自分からやりたいことを見つけろよ。本当の父さんを見ずに、憧れだけで見てやるな。父さんがかわいそうだ」
「ウィル、でもお前、10年近く、マッケニーさんに会っていなかっただろう。なんで本当のスティーヴンさんがそうだって知ったふうな口をきくんだ!」
「10年、思い出す時間があったんだ。なんで自分たちがこんな状況になったのか、父さんがどういう状況になっているのか、考えるのには十分だった」
「ばかな、7才だろう、10年前は」
「最後に会ったのは、6歳だったかな」
「それでどうして親子だとわかったんだ……」
「覚えてたからな、父さんのこと」
絶句するリューイにウィルはこともなげに言った。
「ウィルもマルも、見たものは忘れないんだよ」
「スティーヴンと同じか」
私が言うとアンディさんが答えた。
「その間何があったかは、リューイ、父さんにも詳しく話してはいないからあんたにも話したくはない。ただ、たぶんマッケニーの感じ方は特殊なんだ。父さんはむしろマルに似てる。だからよくわかるんだ。普通の人と同じに考えて、憧れたりまねしようとしたりしても無駄だ。一人の人間として父さんの興味を引く人にならないと」
「そんな」
リューイはまだ呆然としている。
「父さん、おじさん、魔石の再利用の部門、どうなってる」
「ベテランに任せてはいるが、扱う量が増えてきて手いっぱいになってきている」
「利益は」
「それは十分に出ている」
「魔道具の輸入は」
「半年に一度だからな、すぐには増えないが、発注はかけてある」
「販売対象は」
「貴族から庶民へ少しずつ」
「じゃあやるべきことは若い者の育成だろう」
「そうなんだが」
アンディはたじたじだ。ウィルは肩をすくめてリューイに向かい合った。
「父さんもアンディもしかたないな、なあリューイ、お前はマッケニー商会を守ることを考えろ」
「守る」
「攻めて大きくすることを考えられないのなら、今ある仕事を他の商会に取られないように考えろ」
ウィルはていねいに数え上げた。
「リューイ、魔石の再利用、新しい仕事だから別の商会も参入しやすいな?」
「ああ、確かに」
「それでいいか?」
「もちろんだめだ」
「ならどうする?」
「そうだな、帝都が中心だがすぐに全国に広がるから、若い者に経験させてすぐほかの街の支店にも再利用部門を作って、全国規模で治療院に対応させる」
「魔道具は買う者がたくさんいるから、何もしなくてもいいか?メリダの商人が出てきたらどうする?」
「……品質の安定。長期的な付き合いのための信頼関係」
「な、今のままでいいか」
「……だめだ。どこかが参入しようとして、どこかの侯爵家の後ろ盾があったとしたらつけこまれる」
「今のところ北領と東領は大丈夫だが、中央はわからないし、南領だってどうなるか」
「今のままじゃだめなんだな」
「オレたちと一緒に一ヶ月何をやってきた?」
「商売に対する向き合い方、客に対する向き合い方」
ウィルはマッケニーさんとアンディを振り返った。
「な、リューイ優秀じゃん。ちゃんと育てろ」
そしてリューイに向かって言った。
「オレは商会を継ぐ気はないけど、迷ったら父さんなんか見ずに、オレを見てろ。父さんよりは自分勝手じゃないし、リューイのことも見ててやる」
「ウィル、お前……。生意気すぎる」
リューイは苦笑した。
こうして私たちは相変わらず大人に大きな迷惑をかけられながら、初夏を迎えようとしていた。
「アーシュやセロに隠れて見えにくかったが、ウィルはとんでもない逸材だな。本当に継がせないのか」
「自分だけやりたい放題して、子どもに将来を押し付けるわけにはいかないだろう」
「もったいないな。リューイの心もがっちりつかんだぞ」
「まあな。去年再会してから、メリダに調査団を送った」
「そんなことをしていたのか」
「ああ、離婚した妻を問いただすことはしなかったが、悲しみに惑わされてちゃんと調査をしなかったことが悔やまれる。3年いなかったうちの最後の一年に子どもたちを見た街のものはいなかったそうだ。どうやら屋敷の小屋に……閉じ込められて……」
「スティーヴン、いいんだ、無理に話さなくても」
「それなのにウィルは、会いに来てやらなかった私が悪いのだから、元妻を責めるなと言う。メリルにも大急ぎで調査の者を走らせたが、アーシュが来るまでの一年、なじめずにやせ細っていたらしい。そこからはいい話しか聞かなかったが……。マルを守って生き抜き、今を楽しみ、大局を見る。もともとの素質もあるだろうが、その素質を大きく育てたのはアーシュとセロ。私ではない」
「スティーヴン……」
「信じられるか、マルは小さいころ人形のようでな、話しも笑いもしなかった。一族には時々生まれるんだ。たいていは優秀だがあまり幸せな人生を送らない。それが毎日楽しそうでな……。メリダに残さず、連れ歩いていたら、その成長をこの目で見られたのになあ」
「悔やんでも仕方あるまい。それよりも、また衝動的に同じことをしようとしていたんだぞ、ウィルに言われたように、今はふらふらするな。商会の転換期だ。ここでしっかり安定させて、そのあとふらふらしたらいい」
「今度はアンディも来るか」
「おもりはごめんだ」
「違いない」
商会につなぎとめるようなことはしない。しかしキリクの族長がウィルとマルを見たら何というか……。ウィルにとっての鎖は、帝国ではない。まあ、自分だって部族を飛び出したのだ。ウィルにできないことはないだろう。
結局のところスティーヴンは自由なのだ。だから子どもも自由にさせてやりたいが、それは子ども自身がつかみ取るもの。とりあえず、これ以上息子に怒られないよう、もう少しだけがんばろう。それは自由ではないが、なんだか少しうれしいのだ。




