アーシュ14歳13の月始まってすらいない
13の月から1の月にかけて、学校は2週間の休みに入ろうとしている。わずか数日で生徒を動かすのは難しいことだった。しかも事情をはっきりと言うわけにはいかない。
しかし、騎士科のクラブは、
「私たちが迷惑をかけたアーシュのためだ。しかもわが国の民のためでもある。いつ声がかかっても集まれるようにしてほしい」
というアロイスの声かけに動いた。治療院での奉仕活動ということは伝えられている。2週間の休みの間、確実に参加できるものはだれか、治療院という場所で生徒という身でできることは何かを話しあった。結果、班が幾組も作られ、毎日何かしらの形で参加できることになった。もちろん、先生の許可はすぐおりた。
一方、普通科はやはり動きが鈍かった。意外だったのは、難しいと思っていた先生の許可がおり、課外活動として認めてくれたことだ。ゼッフル先生がすぐに許可し、校長にかけ合って、慰問の物資を学校に一時預かりまでしてくれる事になった。先生の行動に私たち子羊は顔を見あわせて首を傾げたが、テオドールやイザークにとっては不思議でも何でもないらしい。
動きが鈍いとはいえ、フローレンスとイザークの声かけとあって、冬休み前までのわずかな時間にも多少の慰問の品が集まった。また帝都が地元の生徒たちは、治療院の存在を知っている。行けば必ず学校の生徒が来て指示を出してくれるという安心感もあって、お手伝いに来てくれるという人も出てきた。
テオドールは学校の課外活動だとハッキリと前に出し、帝都にある南領の貴族の屋敷を回り、南領だけが乗り遅れるべきではないと主張して少しずつ支援を取り付けてきた。
フーゴは、大商人の息子として、ただし学生として、動く準備だけしてくれていた。依頼もないのに先走って動くことで貴族の機嫌を損ねてはならないからだ。
異国の地での同郷のつながりは強い。ナズとハルクも、いざとなったら物資の供出をしてくれるという形で協力を取り付けてくれていた。
つまり、生徒たちは全力で待機の状態だ。
私は東領、北領の経験、そしてアレクの看護から、今まで感覚で行ってきた治療の流れを文書化する仕事に取り組んでいた。いつまでも自分の頭の中だけで進行を考えていてもしかたないからだ。しかし、魔石に魔力が移ったかの判断は、魔力のない人には難しい。熱が楽になったかを注意深く観察するしかないのだ。トーマスさんと助手君がここにいればいいのに。
そして学校が休みに入った日、治療に当たる人の打ち合わせが行われた。あ、トーマスさんがいる!助手君もだ!
「アーシュ君、久しぶりだな」
「はい、治療のようすはどうですか」
「ブルクハルトを中心に少しずつ噂が広がってな、今は地方から治療に来る人の相手をしているよ。とりあえず重病人はいなくなったのでね、こちらに手伝いに来たんだが」
トーマスさんが周りをうかがって小さな声で言った。
「どうやら手伝いではすまなそうだな。報告書は出してあるから、その通りにすれば多少は効率よくできるはずなのだが。しかしこれ以上助手を連れてくるとブルクハルトが立ち行かなくなるし。おや、あちらに北領の医者がいる。これで少しは助かるな、アーシュ君、あいさつに行こう」
3人であいさつに行くと、とても喜んでくれた。しかしやはり不安そうだ。北領も落ち着いたとはいえ、患者数は多い。本当は残って治療を続けたいところなのだ。それでも医者1人に助手2人で来たという。合わせて経験者5人。
さて、打ち合わせが始まった。私はてっきり、各侯爵から委任を受けた代表が来て、アレクが決めた代表者のもと、その指示に従って治療を進めるものと思っていた。しかし、どうやら違った。関係者に経験者を放りこんで終わりのようだ。
私は、依頼を受けた重さにショックを受けて、頭がきちんと回っていなかったようだ。関係する侯爵3人、ローラントの家を入れれば4家、誰が出しゃばっても問題は起きる。誰もアレクに物を言わない。
私がかわいそうかどうかではない。患者のために効率的に物事が動くかどうかである。
「あー、北領からも東領からも医者の派遣ありがとうございます。また、メリダの留学生の諸君も手伝っていただけるとのこと。学校も冬休みに入りますからな、病人の世話は大変ですが、よい経験になりましょう。またフローレンス様、カレン様が旗印になっていただける。民としてもこれほどありがたいことはありますまい」
治療院の代表らしいおじいちゃんがそう話し始めた。
「うむ、病は治る。各医者とメリダの若者の話をよく聞いて治療に当たるように」
「はっ」
え、まさかこれで自己紹介して終わりじゃないよね。トーマスさんたちもあぜんとしている。
「ちょっと待ってください。明日から治療が始まるというのに、これで終わりですか」
「あとは現場を見ねばわからないだろう」
アレクは不思議そうに言った。
「君たちは、殿下に失礼であろう。後は私たちが実際に動けばよいのだから。わずらわせてはならぬ」
代表のおじいちゃんがいらだたしげにそう言った。はあ?私たちはわずらわされてもいいの?私は息を大きく吸って言った。
「あの、代表の方、報告書はよみましたか」
「もちろんだ。魔石の使い方などわからぬので、明日からの実践を心待ちにしておるところだ」
「では、どういう手順で実践を?」
「何を言っている。明日、学生諸君や北領、東領の医者が来てやってくれるのであろう。手順とはなんだ」
落ち着け、落ち着け、私、落ち着け。
「患者は何人いるのか、重病度によってどのように分けられているのか、治療の優先順位はどうなのか、まず誰から治療を始めるのか。治療を始めたら熱が下がり、食欲が出始める人も多いので、病人食がいつもより多く必要になります。また飲み物も必要です。看護する人の確保はできているでしょうか」
「何を、君は」
「それ以前に、治療院はどのような現状なのでしょうか。医者は何人で、お世話する人は何人いて、どのような療法を行い、だれがどのようなお世話をしているのか。食事の内容は、物資は十分なのか、そういったことは?」
「治療院は……」
「必要な医者はどこに何人で、世話をする人は何人必要で、必要な物資はどのくらいでしょうか」
部屋がしん、と静まり返った。
「アレク……、何も考えていなかったの」
「しかし、君たちはあのとき、何の準備もなく治療してくれたではないか。臨機応変なのではないか?」
「アレク一人に私たち5人、三週間かかったのですよ。しかも世話は使用人がすべてしてくれたでしょう。どのくらい重病人がいるかわからないですが、200人にこれだけの人数で、行き当たりばったりに治療するとか、ありえないでしょう。末期の人に、人数がいないから、世話をする人がいないからあきらめてというのですか、あなたは」
「いや、それは……」
「アレク、演習のときは準備はどうしますか?」
「演習先の地形や、状況をていねいに調べ、必要な物資を手配し、事前に訓練する、あ……」
部屋がまた静かになった。私は途方に暮れてカレンさんを見た。カレンさんはうなずき、フローレンスに合図して2人で立ち上がった。
「今のでわかったと思いますが、メリダの留学生が治療の手法を確立したのです」
「私たちは彼らの教え子です」
トーマスさんも声を上げた。治療院の関係者はざわついた。
「目的だけがあって計画がないまま進んできたようですね、私たちもお飾りで何の準備もしてこなかったことを反省しております。私自身、病の経験者ですし、東領では治療に立ち会いました。私とフローレンスが代表に立ち、しばらくは治療院に詰めて、諸事の決定をいたします。アレクセイ様、院長、それでよろしいですね」
「わ、わかった」
「アレクセイ様がそうおっしゃるなら」
「ではアーシュ、すべきことを挙げてください」
「はい、この状況では治療に入るどころではありません。まず明日治療院に入り、200人を治療の優先度により分ける作業をしましょう。その時に、現場の仕事の方に手順の説明も行います。また、治療院では、先ほども言った、物資の在庫、人員の確認をしてください」
「わかりました。東領、北領、メリダの留学生、フローレンス、私、アレクセイ様は明日現場へ、治療院の方は、現状把握ということですね。ではそれを実行し、明日の夕方再度会合を開くということでどうでしょうか」
異議などなかった。しかしおそらく人手も物資も足りていないだろう。明日はどうなるのか。




