アーシュ14歳13の月始まり
フローレンスはアレクからの呼び出しに、次の週ずっとそわそわしていた。
「仕事の話だから、楽しくないかもしれないよ」
と私が言っても、
「仕事の話ならなおのことよ、やっと少しは手伝わせてくださるのかしら」
といった調子だ。フローレンスを最初から参加させるべきだと言ったのは私だけれど、その浮かれぶりに少し不安にも思っていた。だからといって参加できずに、後から話を聞かされるとしたら、それが自分ならなおのこといやだと思う。ナズは帝国内部のことなので話せないということを、さみしそうに、しかししっかりと受けとめてくれた。
当日はアレクの家に各自集合だ。フローレンスは一旦家に戻ってから出るという。おしゃれをしてくるんだろうから、私とマルも少しおしゃれをしよう。ということで、いつもより少しめかしこんだ。そして、
「アーシュ、いい?」
「いいよ」
「「はい、どうぞ」」
「お前ら、何やってんの」
「ウィル、女子力だよ、女子力。マルにハンカチの渡し方のタイミングを教わってるとこ」
「教わる人を間違ってると思うぞ」
などと女子力を磨いて、ポケットにちゃんとハンカチを入れてから出発した。
「よくいらっしゃいました。もっとしょっちゅう来てくださったらアレク様も喜びますのに」
「けっこう忙しくて」
「聞き及んでおりますよ。発表会は大成功だったとか」
フリッツさんのお出迎えだ。楽しく話しながら、持参のケーキを渡す。
「今日はフローレンスのところのバターを使っているの」
「おお、特産ですからな。このお店を出したいのでしたな」
「うん、急いではいないんだけどね」
アレクの家の大きな客間に、思い思いに人がたたずんでいる。ギルドからグレッグさん、カレンさん、ローラントさん。ローラントさんは少し戸惑い気味だ。カレンさんのお父さん、北領の侯爵だ。そしてアールさん、東領の侯爵だ。メリダから帰ってきて初めて顔を合わせた。そしてマッケニーさん。
その中に、いつもよりも美しく整えたフローレンスがいた。お父さんのタクシスさんもいる。中央の侯爵だ。この2人もにこやかには話してはいるが、そうとう戸惑っているのが伝わってくる。
私がフローレンスの所に行こうとすると、ディーンさんに捕まった。
「久しいな、なかなか遊びに来てくれぬではないか。剣はなまっていないか?」
「忙しくて。正直、剣の腕は落ちてるかもです。発表会でアロイスを見ましたか」
「もちろんだとも。アロイスのなんと見事だったことか。人の上に立つことが何よりも嫌いだったはずなのになあ」
「むしろ当日までの手腕を見せたかったです。騎士科をまとめあげて、がんばっていましたよ」
「そうか、そうか」
「アーシュ」
「大使!」
「今日はその呼び方でもいいか、息災か」
「はい」
「私がいない間に、面白いことばかりしているそうではないか」
「うーん、いつの間にか?」
「メリダでもそうだったな」
「後でメリダの話を聞かせてくださいね」
「しばらく帝都にいる。遊びに来い」
「はい」
フローレンスのところにたどり着かなかった。
「そろそろいいか」
アレクから声がかかった。
「クラウス、フローレンス、ローラントはなんのために呼ばれたのか戸惑っていると思うが」
3人はうなずいた。
「これはまだ、非公式のことで、他言無用であることはわかってもらいたい」
とまどいながらも、やはり3人はうなずいた。
「私がこの間までふせっていたことは承知のことと思う。だからローラントにも負担をかけたわけだが」
ローラントは少し口元をゆがめてかすかにほほ笑んだ。暴走して結果としてダンジョンの涌きを誘発したことを「負担」ですまされたことに。
「ふせっていた理由は、噂の通りの『病』だ」
「なんと、しかし回復しているではないですか!」
タクシスさんが叫んだ。そしてハッと気づいてカレンさんを見た。
「あなたも確か……」
「はい、アレクセイ様と同じです。時折伏せる程度でしたが、治してもらいました」
「原因が判明し、治療法がもたらされた」
アレクが続けた。
「それならすぐに広めましょう!」
「それが簡単なことではないのだ。だからこうして関係者を集めている」
「関係者とは……北領、東領の他に魔石商、ギルドにメリダの留学生、どういった関係でしょう」
「少し長い話になる」
アレクは、カレンが家庭教師としてメリダに行った時、私によって治療がなされたことをまず話した。フローレンスが驚いて私を見た。
「その時立てた仮説を話してくれ、アーシュ」
「カレンさんの症状は、メリダの子どもたちがかかる魔力熱によく似ていました」
「魔力熱だと」
タクシスさんが疑わしそうにいった。
「メリダの国ではほぼすべての人が魔法を使います。使いきれない魔力がたまって出る熱が魔力熱。これが出たら魔法を教える合図でもあります」
「魔法などと」
「侯爵、涌きをおさめたのは魔法です。私はこの目で見ました。そこを疑うべきではない」
「ローラント、しかしな」
「アーシュ、話を進めてくれ」
「はい。カレンさんも定期的に魔力を抜くことで、病はここ1年以上出ていません。そこで、帝国でも魔力の高い者が発症するのではないかと、そして魔力を適切に外に出しさえすれば治るのではないかと思いました」
「いきなりでは理解が追いつかぬ。治るはずのない病が治るのか……」
フローレンスが言った。
「素晴らしいではありませんか。なぜこのことをすぐにも公開しないのでしょう」
「フローレンス、先ほども言ったが、そう簡単なことではないのだ」
アレクが少したしなめるように言った。
「魔力を自覚せず、魔法を使えないものがどうやって魔力を外に出す?」
「それは……アレク様は……」
「私はもう死が目の前に見えていた。それならなにをやってもよかろうと割り切れたのだ。今思えば、メリダの若者たちが総力を上げて取り組んでくれたからこそなんとか回復できたのだと思う」
「死……そこまで……」
「クラウスの反応が普通なのだ。まずは治療される側が精神的に抵抗する。そこをどう納得させるかから始まるのだ」
アレクは大使を見た。
「ブルクハルトよ、東領のようすを話してくれ」
「は、アーシュたちは帝都に来る前に既に東領で検証し、成果を出しています。今は噂を聞いてブルクハルトまで治療にくるものもいます。それにあわせて、少しずつ治療できる者も増やしています。もうすぐ地方にも派遣できるでしょう」
「ディーンよ」
「は、北領でも東領の医者を派遣してもらい、ディーンの街での検証は終わっています。こちらも治療できるものを増やしているところです」
「というわけだ」
「このきっかけをアーシュが作ったんですの」
「そうだ。きっかけだけではない、治療院での治療法や検証のしかたなどほぼすべてアーシュが考えた」
「して、実際の治療とは」
タクシスさんがたずねた。アレクが答えた。
「魔石を使う」
「魔石を?それで魔石商とギルドか、なるほど、この面々の集まった理由が納得できました。しかし我々はなぜ……」
「フローレンスだ」
「私、ですか」
フローレンスは戸惑った。フローレンス、納得してくれるかな。




