アーシュ14歳11の月忙しい
余計なこともあったが、11の月の半ばには2号店も開き、同時に本格的に朝食を行うことになった。店の名前は「踊る子羊亭」。朝食のスープは材料さえ揃えば煮込むだけだ。パンに塗るための豆ペーストも、廃蜜糖もまとめて用意し、パンは必要数パン屋に届けてもらう。パン屋さんも大喜びだ。1号店、2号店でまとめて下ごしらえをし、派遣された場所に運び煮込んで仕上げるだけの簡単な仕組みを作り上げた。
さらに30食以上売れる事を条件に、建築の現場に短期や長期で屋台を派遣する。現場が終わるまでの契約になる。こうすることで店を固定しなくて済むし、臨機応変に対応できる。
コノートさんの下で、材料の仕入れから、人を雇い、派遣の手配をする管理の仕事の人を決めて、一つの部所として働いてもらう。屋台の仕事は、自立するまでの孤児に任せる。しかし一時雇いに終わらないよう、孤児院卒業後、希望者はこの部所で積極的に雇ってもらうようにした。
私たちはいずれ帝国を出ていく。だからこの朝食の仕組みは、ダンがフーゴに一緒にやらせ、最終的にはフーゴが回していくようになる。もちろん、本人の意思によるものだし、子羊商会として利益から一定の額はもらう。というより、フーゴと子羊商会との共同出資という形にして、代表にフーゴ、副代表に私とダンだ。今はまだコノートさんにも手伝ってもらっている。
グレッグさんが第3ダンジョンで始めたこの取り組みは、他のダンジョンにも次第に広げて行く予定だそうだ。解体所も増やしていくし、魔物肉もその町ごとの消費を確保していけばいい。
現場ごとに朝食の屋台を派遣してもらうという試みは、結果としてものすごく受けた。1号店、2号店から徒歩で屋台を運んでいける現場でしか利用できないことから、遠くの現場では不満が出るほどだ。
「簡易キッチンを用意してもらえば、3食まかなうよっていう仕組みはどうなんだろうね、フーゴ」
「それもいける!もう魔物肉になんにも関係ないけどな」
「むしろ、屋台じゃなく馬車とかにして、お皿から何から全部用意しちゃって、こちらに任せてくださいっていうのは?」
「初期投資だけちゃんとすればいけるか」
「雇用を増やすっていう最初の目標からはずれないように気をつけようね」
「そうだな。焦ることはないよね。学生のうちに始めて、卒業したら段々と広げていくんだ」
孤児の雇用から建築現場へとつながっていく商売だが、私は、メリダのお風呂の仕組みがあればそれも商売になるのになと考えていた。メリダのお風呂は、排水の始末まで考えられた優れものだ。魔石の交換を考えても、現場で利用したい人はいるはず。お風呂やさんみたいに有料で回せば……
でも、それは大量の発注を生み、メリダの魔道具の技師に大きな負担がかかるだろう。ダンも、そこまで帝国に関わることの危険性を言っていたな。
「アーシュ、急がなくていいんだ」
ダンが言った。
「俺が思うより、帝国は外向きではなかった。魔物肉の店がうまく動き出したように、帝国は国内でまだまだ発展する余地がある。すぐに攻められるとか、そんなことはなさそうだ。内需に向けて魔道具を少しずつ増やしていくようにすればいい」
「そうだね」
「それにさ、そもそもアメリアさんたちの意思を聞いてないしな」
「たくさん作りたいかもしれないしね」
魔道具技師が今より稼げる仕事になれば、ダンジョンにはもぐりたくない魔力の多い人もなりたがるかもしれない。例えば難しい魔道具は作れなくても、簡単な魔道具だけでも作れる人を増やすのはどうだろうか。魔道具師の資格初級ならトイレまで作れる、中級ならお風呂まで、とか。みんなが冒険者になりたいわけではない。特に女の子の技師を育てるのもいいかもしれない。
「ダン、メリダに帰ってアメリアさんに……」
「アーシュ、考えていることはわかるけど、焦るなって。技師を育てるとか考えてるんだろ?」
「うん」
「けどな、あれだってダメだったんだろ?」
「うん、魔力を測る魔道具と、魔力を吸い取る魔道具ね。魔力は意図して出したものでないと測れないから、魔力を扱えない人の魔力は測れないって。魔力を吸い取るやつは、量の調整が難しいからだって」
あれ、今はクズ扱いの100ギルの魔石で動く魔道具をたくさん作って、まず小さなからの魔石を作る。魔力は吸い取るだけの魔道具を作ってもらって、吸う量を魔石依存にすれば、量の調節は必要ないんじゃないかな……メリダでは必要ないけど、帝国では簡単な火付け道具なんか受けそうだな……。
「アーシュ、アーシュ、帰って来い!」
「あ、え」
「落ち着け、なんか思いついたんなら手紙を書けばいいだろう。出すのも返事も来年だけどな」
「そうだね、専属の魔道具技師がほしいよ」
「ぜいたくだな。10、11の月、どれだけ忙しかったと思ってるんだ。もっとのんびりやろうぜ」
「自戒の意味も込めて?」
「そう」
ところが、そうも言っていられなくなった。クラブ活動が盛んになり、やる気の増した騎士科の学生たちが、学校行事として大がかりな対抗戦をやりたいと言い出したのた。
それを聞いた先生方が喜んで、親や騎士隊を招いた発表会にするという。そうすると、普通科も何かということになる。
イザークの案により、当日の運営の一切を普通科がやることになった。親の案内、そして救護所の設置、プログラムなど、各クラスの代表を集めて、みんなに仕事がいくように分担しあった。
私とマル、フローレンスとナズは女子を中心に、休憩所のお茶とお菓子の係になった。店にだそうと思っていたものをグレードダウンして、500ギルくらいの安めのセットで売る。売り上げは学校に頼んで、寄付するか学校の修理に使ってもらう。
まだまだ魔物肉屋も朝食の仕組みも手伝うことも多い。そんな忙しい中、13の月の初めに決まった発表会の準備が始まった。
お茶とお菓子の店は、いつ出せるんだろうか……




