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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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209/307

アーシュ14歳9の月イベント終了

「何が何だかよくわからないんだけど」


フーゴがつぶやいた。


「危機は去ったの、か?」

「あいつらの命が1日延びたってことだ」


オレは冷たく返した。


「セロ、アーシュ、俺は知らなくて……止められなくてごめん」


ベルノルトがおろおろして謝った。オレはアロイスに聞いた。


「2年はどのくらい関わっているんだろう」

「少なくとも、同級生を陥れるようなやつは多くない。ライナーを3年が利用しただけと見るべきだな。だが、お前と本気で戦えるとなれば、明日は2年からも参加するやつが出るかもな」


アロイスはそう冷静に分析すると、こう吐き捨てた。


「これが帝国の騎士の卵か!剣に夢中なあまり、守るべきものを履き違えるとは!」


そう思ってくれるやつがいるなら、まだ帝国も救われるだろう。オレたちの帝国への天秤は、まだマイナスに傾いている。これ以上、それを下げさせないでくれ。


そうして次の日は来た。噂を聞きつけたのか、訓練場は人で溢れていた。騎士科は各学年2クラスだが、合同演習もあるし、親へ公開することもある。かなり広い敷地に、階段状になった観客席もある。騎士科ではない生徒も、先生方まで見に来ているようだった。許可は取ったようだな、オレは皮肉に思った。辺境のメリダの留学生が、ぶざまな姿をさらすのがそんなに見たいのか。それならば見せてやる。お前達たちの期待する、真逆の姿をな。


「セロ」

「アーシュ」

「みんなまだ子どもなんだよ。ものを考えていないだけ。やり返すとか、そんなこと考えないで、楽しもうよ。全力を出すの、久しぶりだよ」


アーシュはどうしてそう甘いんだ。ウィル?マル?もう気持ちを切り替えたのか。穏やかな顔をしている。アーシュが続ける。


「セロ、らしくないよ。状況を冷静に見て。これだけの人数を、どうやって倒す?」


三年生は2クラス丸々参加したらしい。加えて2年からも何十人か。隣のクラスのヤツらか。


「涌き、だな」

「涌き?」

「ああ、王都の側で、あの時はもっと多かった」

「魔法を使う訳にはいかないからね」

「ウィルとマルが打って出て、抜けてきたやつをオレとアーシュで倒す。1人あたり、20人ほど。密集しているから、こちらが有利だ」


「いいのか、腕がなるな」

「久しぶりの本気」


ウィルとマルが喜ぶ。


「さて、行くか」


オレたちは訓練場に歩きだした。人波が割れる。


「おい、メリダの4人て、女の子もか」

「俺知ってる、お菓子焼いてる子だ」

「剣を差してるぞ」

「やるのか、この人数相手に?」

「まさか、ないだろう」


観客がガヤガヤしている。オレたちは朝礼台の側に来た。


「ダン!」

「おう!」


ダンを呼ぶ。


「マル、リボンを」


マルの緑のリボンを貸してもらい、ダンの左腕に結ぶ。そして声を張り上げる。


「いいか、うちの総大将はダンだ。総大将のリボンを取ったらお前たちの勝ち。お前たちの総大将は!」


観客席からイザークが引っ張り出されてきた。


「なんで私が」

「ここで実家の身分が高いのはお前だろ。フローレンスは女の子だしな」


しぶしぶリボンを結ばれていた。昨日のアーシュの赤いリボンだ。怒りがわき起ころうとした時、アーシュがそっと手を握った。アーシュを見る。アーシュが静かに見上げる。そうだな、行こうか。


そのようすを見た騎士科の生徒たちから殺気がわいたような気がした。どんなにうらやましくても、この手はオレだけのもの。練習用の剣を抜く。


「始めるぞ!」




セロの声と共に一斉に走り出す騎士科の生徒を眺めながら、イザークはむなしい気持ちで実家での父との会話を思いだしていた。


「私にはメリダの若者たちがそんなに悪いものだとは思えません」

「同じクラスだからといって、ほだされおって!兄が左遷されたのは誰のせいだと思っている!」

「兄自身のせいかと。それに、左遷されたわけではありません」

「実質的な左遷だろう!皇弟のいない間、誰が騎士隊を支えたと思っているのか!感謝されこそすれ、左遷など!」

「だから左遷ではありません。北部騎士隊の隊長になったではありませんか」

「話にならん!とにかく、付き合うでないぞ」

「……」


父だけではない。黙々とギルドに通う兄を見もせずに、涌きで失策を犯したと、メリダの英雄に助けられたのだとヒソヒソと語られる。兄はそんな噂に何も言わない。


鷹揚な兄は、剣は強いが悪くいえばあまり物を考えない。中央の思惑が絡まる中で、兄を少しでも支えたくて、文官になる道を選んだ。


周りを見れば、次々と騎士科の生徒たちが倒されていく。騎士科の生徒だぞ?中央に切り込んで来るのは、金髪の兄妹だ。舞うように、力強く、金髪が踊る。剣のひと振りで確実に1人が倒れていく。ウィルは魔術師ではなかったのか?。マルは騎士科ですらない。剣姫などと言うたいそうな二つ名など、なかったかのような淑女ぶりだったのに、その姿はなんだ。教室とはまるで別物のように生き生きと、のびのびと剣を振るう。


後に騎士たちの残骸が残る。その奥にゆったりと立つ総大将を守るのは、銀と黒の流星。金が取り落とした獲物を、確実に仕留めて行く。セロは噂通りの強さだ。剣を振るっていても戦場の隅々にまで目をやっている。そしてアーシュ……。小さくてかわいらしくて、授業中もよくしゃべる。少しおてんばだけどいつもお菓子のいいにおいもして、フローレンスとナズと3人で人気を三分している。セロのガードが硬くて、近くに寄れたものはいないと聞いた。


しかし、強い!剣ができるとさえ思っていなかったが、騎士科の生徒がかなわないほどとは……最初は遠慮がちだった騎士科の生徒たちも、本気でかかってはやられている。いっそ気持ちいいくらいに。


かなわない。この5人に、ギルドの職員は、ひいては帝都が守られたのだ。兄が守ったのではなかった。琥珀の目が私を射抜く。


戦闘に気を取られる騎士科の生徒たちの間を、黒髪が走り抜けてくる。真っ直ぐに私を見つめて、そっと腕のリボンをほどかれた。そのリボンを高く掲げて彼女は叫んだ。


「総大将、討ち取った!」


観客席から歓声が湧き、残った騎士科の生徒たちは膝をついた。メリダの完全な勝利だ。さぞおもしろい見ものだったろう。


「隊長代理がメリダの英雄に助けられたという話は本当だったようだな」

「ギルドの職員を見殺しにしたとか」

「それで左遷?」

「そうらしい、見ろよ、イザーク、あいつの兄だ」

「敗軍の大将にふさわしいな」


そんな声がする。メリダの若者たちが、騎士科の生徒たちと何か話している。謝罪か、何のだ。黒髪に、アーシュに謝っているのか。全員が頭を下げている。アーシュは苦笑している。セロはまだ怒っている。それでも許すのか、そうか。


「ちっ、うちの大将は縁起が悪かったな」


騎士科の誰かが言った。しん、とした。私は思わずうつむいた。


「下を向くな、イザーク!」


セロの声がした。


「聞こえていたぞ、これだから見ていないやつは!」


なぜお前が怒る?セロ。アーシュも。


「いいか、オレたちは、お前の兄の下で働いたんだ、わかるな?」


兄の下?


「ギルドへの救援も、ダンジョンへの突入も、ちゃんと隊長代理の許可をもらってやった事だ」


許可。兄は知っていたと。


「当然だ。騎士も何人かつけてくれたんだぞ」


でも、見殺しにしたと。


「当たり前だろう」


当たり前?聞いていたみんながざわついた。


「ギルドはスライムに覆われていて、剣士が何人かかってもとてもたどり着けなかった。オレも1人では無理だった。魔法師であるウィルとアーシュがいたからできたことだ。もし、何の手立てもなくギルドに救援に向かったら、今度は騎士が何人死んでいたかわからないんだ、そういう状況だった」


セロは息を継いだ。


「オレが同じ状況なら、ギルドは見捨てた。それが上に立つものの判断だと思う」


兄は、兄のやったことは……


「帝国にできる、あの時の最善だろう、イザーク。だから顔を上げろよ」


セロの顔が、にじんで見えた。


「はい、これあげる」


アーシュがさっきのリボンをくれた。


「使い古しだけど、記念に」

「これも」


緑のリボンだ。マルが手渡してくれた。


「っ、もらってやらないでもない」


5人が笑った。


「それでこそイザークだろ」


親よりも、同級生よりも私のことを知ってくれているような気がした。そこに、騎士科の生徒たちが集まってきた。


「次はいつやる?」

「はあ?何言ってんの、お前ら」


セロがあきれた。


「だっておもしろかったし。いい訓練だよな」

「アーシュをさらっておいてか!」

「だって平気だったろ」


セロはまたため息をついて今度はアーシュに言っていた。


「いいか、今度は助けに行くから。おとなしく、おとなしく待っていることも大切なんだ」

「え、でも」

「大丈夫なのは知ってる。でもな、とらわれの姫には、とらわれてるっていう役割があるっていうか、あー」


アーシュが首を傾げている。セロ、苦労してるんだな。


「三年生とばかりずるいです。セロさん、一年生ともお願いします!」

「はあ?まず同級生とだろ、セロ」


セロは頭を抱えた。


「何なの、騎士科!」


彼らの元に、人が集まる。付き合うでない、か。知ったことではない。私はリボンを握りしめる。友だちくらい、自分で決めるんだ。



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