アーシュ14歳8の月夏の終わり
うっかり寝てしまった私は、いつものようにセロに運ばれたらしい。
「宝物のように抱えておりましたよ」
フリッツさんが教えてくれたが、きっと荷物のように運んでいたに違いない。身長も止まったが体重も止まったはず……だ。
そこから10日間、めいっぱいのんびりした。お屋敷は広く、アレクの姪っ子や甥っ子も遊びに来ることもあり、メリダで子どもに大好評だっただるまさんが転んだや、ドロケイなどを一緒にやったりもした。アロイスもしょっちゅう遊びに来た。マッケニーさんの話が出ないのは、部族長会議でお国に戻っているからだ。子どもが生きていた報告をするのだと、喜んで帰って行った。帰ってくるのは9の月の終わりだろう。アールさんは大使としてメリダだ。私たちも手紙をたくさん出した。
アレクが元気になったので、夜はいつの間にか、ギルドをどうするか、冒険者をどう育てるかなどの熱い討論になったりした。もちろん、婚約者の話も聞いた。病になってから2年近く会っていないそうだ。
「真っ直ぐな人だからね、ぶつかる事もあるかもしれないが、学校に行ったら仲良くしてやってくれ」
と言われた。こちらこそお願いします。
グレッグさんもカレンさんが時おり来てのんびりしながらも、アレクや、他のお客とよく話し、難しい顔をしていることもあった。ギルドの依頼は終わった。これからどうするのだろう。
答えは、学校に行く1日前に出た。更にその前の日、私たちはアレクに呼ばれて、お屋敷の会議室のような所にいた。
「明日、ダンジョンの涌きを制した論功行賞が行われる」
そうなんだ。
「ピンと来ていないようだが、お前たちだぞ、ほうびをもらうのは」
「確かに参加したけれど、あの程度のスライムなら、時間をかければいずれおさまったと思います。騎士隊に干渉した事で罪に問われなければそれでいいと思っていました」
セロが言うと、アレクはため息をついた。
「お前たちがいかに帝国に期待してないかと言うことだよな」
そして改めて説明してくれた。
「だが、ギルドの職員はお前たちのおかけで助かった。涌きにいたすべての騎士が、お前たちの活躍を見ているのだ。魔法師の活躍もさることながら、セロの的確な指示も大きく評価された。スライムに巻かれた騎士の応急手当も、もちろん、補給で活躍したダンもだ。一つのパーティとして、寸分の狂いもなく噛み合っていたと、誰もが褒めたたえていたぞ」
少しは評価されたようだ。むずがゆいような気持ちだ。
「さらに、私の病を治してくれた。お前たちはなんにも気にしていないようだが、皇弟だぞ、私は。この病については、既に東領と北領でも、少しずつ結果も出つつあるそうではないか」
アレクは一息ついた。
「私の病は公表されていなかったが、政務から遠のき、代理を立てた時点で既に皇弟はないものとして勢力図が動きつつあった。中央は皇帝の家系で抑えているのだが、その一つが使えないとなれば、それはそうだろう。北、東、南、中央というバランスで成り立っている中で、これを機会に中央の貴族の勢力を伸ばそうとしている者がいる、ということになる。その余波が留学生にも行ってしまったようだな」
大変そうだが、巻き込まれたくないな。
「そこで、お前たちについてだが、騎士爵を贈られる」
「騎士爵?」
「まあ、名誉称号だな。帝国に功績のあったものに送られる、一代限りの爵位だ。つまり、今後貴族として扱われるということだ。ちなみに年金や領地はないぞ」
私たちは困ってしまった。貴族なんてならなくていい。
「私たちは帝国に忠誠は誓えません。いずれメリダに戻るでしょう」
セロが代表して言った。
「そう固く考えるな。貴族としての土地も義務もないがどこでも貴族として扱われる。メリダに帰ったとて、お前たちが一介の冒険者で済むわけがなかろう。必ず国交なり、商取り引きの場なりに出されることになる。その時の箔付けだと思えばよい。メリダのためでもあるのだぞ」
そう言われるとそうなのかな。
「ダンもそうだ。世界中回るのに、爵位がどれだけ役にたつと思う。ウィル、マル、お前たちの父も国では貴族相当の地位だぞ。今更だろう」
セロも身内は貴族か。ダンもお金持ちで家名持ち、あれ、じゃあこれ、
「私が一番得をする?」
「まあ、嫁に行くという手もあるが。帝国にとっても爵位ですむなら安上がりだしな」
「受けとけよ、アーシュ」
「グレッグさん」
「俺なんかもっと厄介ごと押し付けられてんだよ。名ばかりの爵位なんぞ気軽に受けとけ」
「厄介ごとって……」
グレッグさんはぷいっと横を向いた。
「明日になればわかる」
「私も何とか公務に出られる体調に戻った。明日は私の復活のアピールでもある。人事も動く。お前たちも振りまわされてやり切れない気持ちもあるだろうが、大きな賞罰は反感を招き、亀裂を生む。叙爵で我慢してくれ」
「ニコやテッドさんたちには?」
「テッドやノアやニコたちは、勲章の授与だそうだ」
グレッグさんは答えた。
「涌きを収めたのはお前たちだ。メリダの冒険者として誇らしいよ。素直に喜べ」
「はい」
それから、なぜかすでに用意されていたドレスの試着や直しなどで大騒ぎだった。疲れてぐっすり眠った私たちには、次の日も休息はなく、朝から磨きたてられ、ドレスを着せられ、髪を結い上げられた。
「コルセットなど必要ないほど引き締まっておりますけど、つけたほうがシルエットが美しいですからね」
うう。いつもは黒髪に映えるように、濃い色の服が多いのだけれど、今回は瞳の色に合わせてドレスが用意されていた。琥珀色の生地を使い、ウエストの高いところからスカートが広がる、14歳らしいデザインだ。ところどころ茶色のビロードで縁どりがされている。マルは瞳よりやや淡い緑色の生地で、大人びた印象を少し抑えるような、これも少女らしいデザインになっている。そして2人とも髪を初めて上げてもらった。高い位置で金髪を結って流したマルのなんときれいなことか。ニコニコして見ていたら、マルもニコニコして見ていた。きれいだね。うん、楽しいね。
手をつないでホールに出ると、そこにはおめかしした男子が待っていた。グレッグさんやノアさん、クーパーさん、イーサンさんは大人の魅力だ。落ち着いた色のスーツを着ている。ニコもブランも窮屈そうに、しかし大柄な体にピッタリとあったスーツを着ている。そしてセロとウィルとダンは、困ったような顔をしてそこに立っていた。これも瞳の色に合わせたのだろう。スーツより軍服風にデザインされた立ち襟で、ダンがオリーブグリーン、ウィルが落ち着いた緑、セロがアイスブルーの服だ。
もともと色素が薄めのセロに、アイスブルーの光沢のある服はとても似合っている。きたえられた冒険者の体に、軍服のようなデザイン、短い銀髪とあいまって力強い。きれいになで付けられた髪で、まるで知らない人のようだ。セロも、まるで知らない人を見るかのように私を見ている。いつもみたいに手を伸ばしてもいいの?どうしよう。
パン、パンと手を叩く音がした。ハッとお互いに目をそらすと、
「はいはい、そこまで。やれやれ」
とグレッグさんが言った。みんなは笑いをこらえてあちこち眺めている。え、何で、まじめに悩んでたのに。セロはふっと笑って、手ではなく肘をさしだした。そうだね。私もにっこりと笑って、肘にそっと手を添えた。そっと見上げる。セロが見下ろす。
「はいはい、行くよー」
マルはウィルがエスコートする。もうみんな笑いをこらえていない。いいんだ、もう。
「フリッツさん、行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ」
さあ、お城に向かおう。




