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この手の中を、守りたい  作者: カヤ
帝国へ行く子羊編

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アーシュ14歳7の月子羊千夜一夜

アレクの夜のお話の第一夜は私だった。


「約束通り、私たちの宿屋の話をしましょう」


小さかった私たちが教会を宿屋へと変えていった挑戦を、アレクはいたく気に入ったようだ。


「ワラの布団で雑魚寝をしたい……」


と、絹の布団にくるまりながらつぶやいていた。そこか!みんな雑魚寝が大好きだね。テオドールも喜んでいたな。


「北領のアロイスや南領のテオドールに聞くといいですよ。彼らはメリルで実際に泊まったから」

「メリダに行った貴族がいたとは……」

「留学ですけどね。いつでも泊まりに来てください」

「そうだな……」

「次回はランチの話をしましょう」


第二夜は、セロだ。


「オレは海の話をしましょうか」


セロは、初めて見たシースの海の素晴らしさを語り、釣りや、働いてばかりだった自分たちが初めて港で遊んだことの話をした。


「働いてばかりだったとは……」

「オレらは孤児だったので、パンのために必死で働きました」

「なんということだ……」

「アーシュが来てからは働くのも楽しくなった。つらかったのはほんの少しの間です」

「アーシュ……」

「次回はセームの海の話をしましょう」


第三夜は、ダンだ。


「昼にもいるから、今更ですが」

「いや、話してくれ……」

「おや、昼より人数がだいぶ増えてますね。俺はお茶の話をしましょうか」


なぜお茶販売を始めたのか、友と肩を並べたかったこと、冒険者の観察、アーシュの協力、魔道具の開発、語ることは多かった。


「魔道具は決まりきったものしかないと思っていた」

「普通はそうです。でもアイデアがあれば作ってくれる。ただし、魔道具を作るにも魔力がいるんです」

「魔力……」

「アレクも魔力をもっと意識できるようになりましょう」

「できるだろうか」

「だいぶできていますよ。アーシュなら、やるかやらないかだというでしょうね」

「……怖いな」

「内緒ですよ。次回は子羊亭の話をしましょう」


第四夜はウィルである。


「オレは剣の話をしましょう」


ウィルは強くなることへの情熱を語った。毎日の剣の訓練、修行に出たくてアーシュを悲しませたこと、それでも行かせてもらったこと、強い人と戦う喜び。


「私も剣をやる。強くなりたい気持ちはわかる。ああ、剣を振りたいものだ……」

「ディーンで見た冒険者は、治療を始めて3週間で剣を振っていたよ」

「3週間!」


部屋のみんなが驚いた。


「うわっ、部屋に何人いるんだ……その人は冒険者で、アレクほど弱っていなかったし、魔力の扱いができていたから」

「私は弱っているな……」

「今はね。これだけ話せればすぐよくなる。アレクは剣は強いですか」

「……強いとも!」

「じゃあよくなったらオレとも訓練してくれよ。あ、してくれますか」

「もちろんだ」

「次回はオレの会った最強の剣士について話します」


第五夜はマルだ。マル?行くの?


「行く。当番だから」

「……」


心配。


マルはアレクのそばのイスに腰かけた。この子はあまり話さない、そう思いアレクは少し緊張し、部屋にも緊張が走る。


「……」

「……」

「マルは串焼きの話をしましょう」

「串焼き?」

「まずはメリルの串焼きです。メリルではギルドのそばに串焼きやさんがあって……」


めったに食べられなかったが、セロとウィルが初めて荷物持ちで稼いだ時、アーシュがお金を全部使って食べるのを許してくれたこと、みんなで食べる串焼きがおいしかったことなどを話していく。


「アーシュはどの話にも出てくるのだな」

「大事な仲間だから。それで次はね、メリダの王都の串焼きの話をします」

「まだ串焼きか……しかし食べてみたくなってきたな……」

「帝都の串焼きはまだ食べてない。後で一緒に食べにいこう」

「わかった。案内してやる」


そうして王都の串焼きの話が終わるとマルは言った。


「次回はメルシェの串焼きの話をしましょう」


次の日からアレクは肉を食べたがり、食事に固形物を取れるようになったのだった。こうしてみんなでアレクの生きる希望をつないで8の月になった。


もうアレクは1日見ている必要はなくなった。魔力さえ適切に放出すれば、後はなくした体力を戻すだけだ。体調を見るため毎夜お話に行く以外はお付きの人だけで十分だ。


しかし、ダンジョンのようすがおかしい。たった2週間ではあるが、私たちが徹底して魔物を狩った結果、少なくとも1、2階はラットやスライムも減り、魔物が少し多いだけのダンジョンになっていた。3階より下にもだいぶ行きやすくなったはずだ。ギルドを軍が見ているというなら、ダンジョンの管理も軍の仕事のはずだ。しかしマクシムもミーシャもミラナも、その疑問には答えられなかった。


その整理したはずのダンジョンがざわついている。涌きが近いのだろうか。まだ戻ってこないグレッグさんたちは大丈夫だろうか。


そして1週間後、涌きは起きた。第4ダンジョン、つまりスライムダンジョンで。


「中央騎士隊も支援に出る!」


その指示に、騎士隊の足取りは重い。そもそもダンジョンの担当は、帝都の北部騎士隊であり、各ダンジョンの側に駐屯しているはずだ。何で要人警護の仕事の俺たちが、ということなのだろう。


しかし私たちは知っていた。駐屯しているはずの第3ダンジョンで、騎士隊など見たことがない。第4だけ違うということはありえないだろう。


1階だけのスライムの涌きなら経験したことがある。大きなスライムが無限に新しいスライムを吐き出していく。しかしそのスピードは遅い。だからダンジョンそのものから涌くにしても、まだ外に大きくは広がっていないはずだ。私はマクシムさんに言った。


「私たちも連れて行ってください!」

「君たちが?ダメだ。そういう立場ではないだろう」

「私たちは冒険者です。メリダではダンジョンの涌きの経験もあります」


セロが続けた。そうだった。王都での涌きを収めたんだった。


「しかし」

「監視対象でしょ!目を離せなかったということにして!涌きを甘く見ちゃだめ!」


そこにヨナスさんとクンツさんが来た。


「お前ら、早く宿舎に戻ってろ」

「それが、涌きの経験があるから連れていけと」

「なんだと!セロ、アーシュとマルの安全のことを考えろ!」

「だからこそだ!スライムなら魔法師は剣士の何倍も役に立つ。アーシュとウィルは魔法師だからな。オレとマルもスライムには慣れてる」

「魔法師?」


マクシムがつぶやく。


「ヨナスさん、クンツさん!」

「っ、わかった、マクシム、連れていけ」

「わかりました」


と言っても、第4ダンジョンまでは馬車で1日かかる。連絡が来てからでるまで1日かかっているから、涌きがあってから2日はたとうとしていた。帝都を出て半日、豊かな穀倉地帯が広がっている。それが途切れたところに第4ダンジョンはあった。だが……


「なんだこれは……」


マクシムさんがつぶやいた。ギルドの建物が半透明の物体で埋まっている。山際のダンジョンの入口から草原地帯に向けて、半円状にスライムが広がっているのだ。それを騎士隊が遠巻きに眺めている。


眺めている?なんてことだ。これだけのスライムでも、まだ上層の弱いモノばかり。出てきたところから剣で切っていけばいいだけではないか。駆けつけてきた中央から北部騎士隊に声がかかる。


「中央騎士隊だ。要請を受けて来た。何をすればいい」

「要請など出していない。ダンジョンが涌いたと報告しただけだ」

「なんだと。いや、上から確かに命令があった」

「ご苦労なことだが、スライムダンジョンが涌いたら放置が基本だ。草原に広がり、やがて広がった先から死んでいく。草原は荒れるがそれだけだ」

「バカな。すぐ側に農業地帯もあると言うのに」

「涌くとわかっていてやっているんだ。配慮する必要はない」


中央騎士隊と北部騎士隊が言い争っている間に、新たな馬車がやってきた。中央騎士隊隊長代理らしい。


「陛下からの命令である。農業地帯を守るよう、スライムを殲滅せよ」



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