アーシュ14歳7の月かごの思惑
マクシムとミーシャとミラナは、連れ立って隊長室に向かった。隊長室に着くと、隊長代理と副隊長がいた。ちなみに副隊長は2人いる。カレンさんのお兄さんはここにはいない。まず、副隊長が口を開いた。
「それで、留学生はどうでしたか」
3人はすぐには答えられなかった。何から報告すればよいのか。副隊長は片方の眉を上げると、
「そんなに報告しづらいことがありましたか」
と言った。3人は顔を見合わせたあと、マクシムが代表して言った。
「報告しづらくはありません。ただし、何から報告していいのか。やったことが多すぎて」
「ふうむ。では、着いた時からの行動を順番に」
マクシムは頭の中でまとめ直しているのか、ゆっくり報告し始めた。
「会ったときはお互いに挨拶、その後は荷物の整理などをしてすぐ、女子たちに面会に行きました。一応部屋に閉じこもって勉強するよう勧めてはありますが、強制はできませんので」
「仲間意識は強い、ということですか」
「女子と合流した後は、メリダ語で話していたので何を言っていたかはわかりません。その日は食事、ふろ、勉強、そして就寝と何も問題はありませんでした」
「女子はどうだ」
「マクシムとほぼ同じです。私が優しく、ミラナが意地悪な役割で接していますが、意地悪はほとんどいなされ、優しいからと言って心を開くわけでもなく、礼儀正しく一定の距離を持たれています。港町で滞在費もなく放り出されたと言っていましたが」
「それは私ではない。学校側が勝手にやったことだ。まあ、我が家へのご機嫌取りのつもりだろう。そのせいであのメリダの優男に譲るハメになったのだ」
隊長代理が少し苦々しく言った。滞在費がない若者がどうなったかにはまったく興味がないようだ。
「まあいい。特に行動には問題ないようだが……」
「今日のことは聞いていませんが、どうでしたか」
副隊長がさらに問いかけた。
「6時から剣の訓練。食事のあと、女子は皿洗い。その後、広場でお茶販売。あっという間に売り切れていました」
隊長代理、副隊長はあっけにとられた。
「皿洗いだと?なにゆえだ」
「カップを貸してもらうためだと」
「カップ?」
「お茶を販売するためです」
「確かに昨日許可を出したが、さっそくか!その、なんだ、昨日の今日で道具や材料は……」
「青空でテーブル一つ、お茶用の魔道具を用意して、手早いものでした。冷たいお茶など初めて飲みましたが、おいしかったですし。かなり人気のようでした。続けていいですか」
マクシムは言った。
「うむ」
「それからダンジョンに。冒険者は4人だけのようで、男子の1人はギルドに残り、4人でダンジョンに潜りました」
「やはり女子も冒険者というのは間違いないようだな。しかし相当がらの悪い場所だが」
ミーシャが答えた。
「まったく気にしていませんでした。自分たちのペースで、進む先すべての魔物を倒し、解体し、4時間ほどで戻ってきました」
「午後からでも4時間か」
「その後魔石を売り、帝都で肉を売り、ふろ、食事、勉強、就寝です」
「なんとまあ、おとなしいどころではないな」
「おとなしいといえばおとなしいのです。まだ14と16でしょうに、おだやかでまったくはしゃいだ所はなく、あの容姿もあいまって静かにしていれば貴族と言っても通るでしょうね」
「確かに、美しい見た目をしていましたね。しかし、家名のある一人は商人の息子。他は平民のはずです」
副隊長がうなずく。ミーシャが続けた。
「女子もそうです。納得できるまで聞き返してはきますが、話し方も行動も落ち着いたものです。しかしダンジョンでは驚きました。魔物に慣れているのでしょうね、冷静さ、力、胆力、我が国の冒険者は誰もかなわないのではないでしょうか。剣では、小さい方には勝てますが、大きい方には勝てる自信がありません」
「そこまでか」
「はい。今日1日だけで、お茶とダンジョンで5人合わせて25万ギルほど稼いでいましたが……」
ミーシャは、ふっと笑った。
「午後からでは、こんなものか、と言っていましたね」
沈黙が落ちた。副隊長が言った。
「まあ、年若い冒険者がお茶を売ったりダンジョンに行ったりするくらいは大きな問題ではないでしょう。引き続き、監視は続けるように」
「「「わかりました」」」
3人がドアから出ていくと、隊長代理はため息をついた。
「なぜ私の代で問題が起きるのだ」
「やり方を変えたからでしょうね」
「しかし、ギルドはうまく経営すれば利益があがる事はこの2年で証明されたではないか。もうからない魔石なんぞ買い取っても意味はない。そのうち、マッケニー商会を通さず魔石を販売したいものだ」
「マッケニーもどうやらメリダに肩入れしているようですが」
「メリダで嫁取りをしていたんだったか、おとなしくキリクにいればいいものを」
隊長代理はこめかみをもんだ。
「まあいい。あとは優男がギルドを動くようにしてくれればそれでいい。メリダがらみの面倒ごとはもうたくさんだ」
廊下では付き添いの3人がため息をついていた。マクシムが声をかけた。
「ミラナ、大丈夫か」
「ダンジョンはきつかったわ。あの子たち、なんで平然としていられるのかしら。意地悪もきかないし」
「慣れ、だろうな。しかし、金に困ってるようには見えないんだが、なんであんなに働くんだ?」
ミーシャは歩きながらつぶやいた。
「わからないわ。報告はしたけれど、隊長代理たち、今ひとつわかっていなかった気がするの」
「見かけがな、俺も剣を振っているのを見て驚いた。実際に見てみないとわからんさ、あの子どもたちの非常識さは」
「それを伝えるのが仕事なんだけどね」
「子どもの監視が騎士の仕事か!」
「しっ。求められているのは監視と報告のみ。行動を止めろとまでは言われてないわ」
「明日もダンジョンに行くのかしら」
ミラナは憂うつそうだ。
「慣れるしかないな。俺は結構楽しみでもある。次は何をするんだろう」
「かわいいしね?」
「否定はしない」
明日も朝から訓練だろう。仕事とはいえ、今日は疲れた。3人は急いで部屋に戻って休んだ。ダンとマルが起きていたのには気づかなかった。




